Frühlingsstimmen 春の声 1
・・・眩い光の中、花びらが舞い落ちる。・・・
あひるが踊っている。
すらりと伸びた手の先から、無数の花びらを振りまきながら。
あひるの指先と同じ、仄かな淡紅色の小片が
はらはらと、しなやかな腕の周囲を舞い、細い躰に纏わる白い薄衣と戯れ、そして・・・
あひるをリフトしている彼の顔に降り懸かる。
次の瞬間あひるは舞い降り、
ふわりふわりと、ポワントで地面に触れるか触れないかのジュテで、空中を跳ね飛んで行く。
無論、それは、彼が支えているからこそなのだが、なぜかその彼にも、まったく重さが感じられない。
それを不思議だとは、どういうわけか、思わないが、わけもなく胸がざわめく。
まるで彼の助けなど無くても、あひる自身が、重力に縛られぬ者として生まれた存在のようで・・・
さっとあひるを引き降ろして、腕の中に仰向かせ―いつかもこんなことがあった―稚い丸顔を覗き込むと、
柔らかな春の空色がぱっときらめき・・・真っ直ぐに、彼に笑いかける。
その笑顔から伝わる幸福感に―それとも己の胸に湧き上がった感情か?―不意を衝かれ、
(彼には決してありえないことに)次の動きを忘れて立ち尽したとたん、
抱いていたはずの温もりが、ふっと消えた。
ほっそりした背を見せ、アッサンブレ・ボレで跳んで行くあひるの周りに、鮮やかな春の野辺が広がる。
薄雲越しの太陽のためらいがちな微笑みはかえってまぶしく、
軽やかにピルエットするあひるの姿を、幻のように霞ませる。
心地良い東風の緩やかな吐息と、ほんのりと香る花の媚薬に
幻惑された心地で伸ばした彼の手は、小鳥のように素早いシソンヌ・フェルメでかわされた。
・・・あひるはこれほどバレエが上手かったか?
透ける衣装の裾を翻して春の精さながら跳ね回るあひるを、むきになって追いかけ、いくぶん乱暴に手首を捉える。
湧き上がる原始的な悦びに戸惑いを覚えながらも、伸ばした両腕で後ろから抱きすくめるように持ち上げ、
くるりと回って、二人を包む軽快なしらべに身を委ねる。
そうして二人はなめらかに音楽と溶け合い、欲求も迷いも、すべてが解け、一つになり・・・
完璧な左右対称でのアティテュードから、重なってアラベスク、
会話するようにお互いの動きを追いかけたかと思うと、
高さもタイミングもぴたりと一致して、回り、跳ぶ。
まるで一つの有機体のように、お互いの息さえ共有している。
揃ってパ・ド・ヴァルスを踏む二人の足元で、降り積もった花びらが舞い上がる・・・
誰かと踊っていて、こんなにまで心浮き立ったことが・・・歓びに満たされたたことがあったか?
顔に笑みを浮かべて踊るのが、これほど簡単だと思えたことが?
春の声が、芽吹き始めた希望を謳い、ときめく心が真実を突き付ける。
甘い苦しさが胸にこみ上げ、踊らずにはいられない。
・・・踊らずにはいられないからこそ、こんなふうに踊れるのだと。
小さな手がそっと彼の肩に添えられ、
その場所に、ありえないほどの熱を感じる。
つかず離れずで踊っていたあひるとの距離が次第に縮まり、
踊っているせいにはできないほどに鼓動が早くなり、
二人の上に、花びらと、光が、降り注ぐ・・・
あひるは、かわらず、彼の傍らにいた。
黄色くふわふわした羽毛に包まれた小さな体を丸め、
「ピンクの雪!」と評した花びらの山に、半分埋もれるように顔を沈めて。
どんな夢を見ているのかは知る由も無かったが、
その夢の『王子』が自分でないことだけは、痛いほど分かっていた。