Geheimnisvoll leicht war sie. 〜軽過ぎる存在



 

あひるは軽かった。

チビで、やせっぽちで、軽そうだとは思ってたが、バレエ科の校外授業で心ならずもあいつをリフトしてみて、驚いた。

まるで羽根のように軽い。

ちゃんとしたバレリーナなら、体重を感じさせないバランスの取り方を心得てるだろうが、あいつにそんな芸当ができるはずはない。

テクニックではなく・・・生まれながらに俺達とは違っているような。

空を飛ぶ鳥は体が軽いと聞いたことがあるが、あいつの感触は、なぜかそんな話を思い出させる。
リフトのあとで手をいきなり離したのも、ひと通りパ・ド・ドゥの相手さえしてしまえば―そして言いたいことさえ言ってしまえば―もう用済みだったからだと思ってたが、もしかしたら、あの奇妙な軽さのせいだったのか?
なんとなく、手を離せばそのまま飛んで行きそうな気がした。

そのまま飛んで行って・・・光の粒になって消えてしまいそうな。

くだらん!
いくらプリンセスチュチュのことが気になってるからって、あいつに重ねるなんてバカげてる。
一緒に踊ったのは、ただ、るうの思惑を外すため・・・プリンセスチュチュかもしれないるうが、何を考えているのか探るためだ。

あんな、アヒルみたいな女にかかずらってる場合じゃない。

あんな、何の力も無い、取るに足らない存在。
誰からも顧みられない、つまらない存在。
小さく、か弱く・・・いつも王子が守ろうとしていたような存在。

どうしようもなく、気に障る存在。

すべての「心」を失っても、弱い者を守ろうとすることだけは忘れなかったみゅうとに、『本当の自分』に戻ることを望ませそうで。
何も知らないくせにみゅうとの周りをうろちょろして、みゅうとに「心」を取り戻したいと思わせそうで、恐ろしい。

恐れ?
まさか!よりにもよって、俺があいつを恐れるなんてありえない。

あいつは、ただ目障りなだけの邪魔者。
バレエの基礎もろくに踊れない、初級クラスの落ちこぼれ。
・・・そしてプリンセスチュチュは、お話の中の登場人物さえ誰もなりたがらなかった―そしていつしかお話からも置き去られた、惨めな存在・・・

くそっ、なぜプリンセスチュチュから考えが離れない?

あいつは、あの物語とは何の関わりも無い。
たとえみゅうとが物語の王子だと知っていようが、るうと親しいらしいということ以外、あいつとプリンセスチュチュとの接点になりそうなことなど何も無い。

それなのに、なぜ、あいつのことがこうも気になる?

まるで、地に繋ぎ止めるものなど何も無いかのような、あの軽やかさは・・・
俺にとってあいつの存在が軽いから、だろうか。
空気のようなものだ。
いつの間にかそこにいて、望まないのに視界に入ってくる。

『・・・そして空気のように、欠くべからざる存在に・・・』

な・・・今のは何だ?!俺が考えたのか?!バカな!

俺はずっと一人でみゅうとを守ってきた。
これからも一人でみゅうとを守り続けるだけだ。
誰も必要としたりしない。
あんなおかしな女など、なおさら。

そう、おかしな女だ。

情けないほどバレエが下手なくせに。
それなのに、それでも、あいつは臆することなく、精一杯踊り続ける。
たどたどしい―ありのままのあいつらしさにあふれたその踊りが、なぜか見る者の心を温かく包み、強く語りかける。
まるであいつの内なる何か、持って生まれた不思議な力が、小さな体から輝き出し、明るく周りを照らすような・・・

バカバカしい!

俺は動揺してるのか?
プリンセスチュチュが現れたらしいことで―みゅうとが心を戻されてるせいで?

みゅうとはこの先誰にも会わせない。
るうにも、プリンセスチュチュにも・・・あひるにも。
そうすれば何も変わらない。
それで何も起こらない―みゅうとにも・・・俺にも。

真実を照らし出す光などいらない。
 
 
 
 
 


 

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