あひるは、いつものように煎じ薬を入れた器をふぁきあに渡そうとして、ふと手を止めた。「こんな苦そうなの、ふぁきあはよく平気だね」
「たいしたことない」自分が飲むわけでもないのに顰め面になっているあひるがおかしくて、器を受け取りながら、ふぁきあはあひるをからかう。
「飲んでみるか?」
「ううん!いらない!」あまりに勢いよく頭を振りすぎて目を廻したあひるは、よろよろとふぁきあのベッドに手をつき、ふぁきあはつい癖であひるを支えようと片手を伸ばして、痛みに顔を歪める。しかしあひるはそれには気づかず、ふと何かを思い出した様子で、得心したように呟いた。
「そっか、ふぁきあって、薬の味がよく分かんないのかもしれないね・・・」
「は?なんでだ?」
「うん、だって、まりいがふぁきあに薬を飲ませた時もふぁきあは気づかなかったんでしょ?だから・・・」ふぁきあが怪訝な表情になったのを見て、あひるは自分がとんでもないことを口走ったのに気がついた。
「あっ!あああああの、その、これは・・・」
静かな、けれど決して言い逃れを許さない深い緑の瞳があひるを見据えていた。
「・・・ちゃんと話せ」
不気味なほど落ち着いた低い声で促されて、あひるは観念した。
「うう・・・怒らないでね?悪気は無かったんだと思うの。・・・ここに着く前の日のことなんだけど・・・」
あひる自身も詳しいことは知らなかったが、知っているだけのことは全て白状した。悪気は無かった、ということを何度も強調しながら。ついでに、その時ふぁきあが薬の作用でどうなったかも思い出して赤面したが、ふぁきあは覚えてないと思い込んでいたので、そのことには触れなかった。あひるが青くなったり赤くなったりして説明している間、ふぁきあは眉間に皺を寄せて聞いていた。
(ここに着く前の日ってことは・・・あの夜か?じゃあ、あの時の変な感じはそのせいだったのか・・・?)
ふぁきあはもちろん自分の行動を忘れるはずもなかったが、あひるがそれを無かったことにしたいと思っていることは分かっていた。一部始終を喋り終わって口を噤み、上目遣いにふぁきあを見たあひるに、ふぁきあは短く言った。
「分かった」
それきり黙ってしまったふぁきあに、あひるは何度も謝る。
「ごめん、ふぁきあ、ほんとにごめん」
「もういい」(謝らなきゃならないのは・・・)
その時ふぁきあの頭にふと疑問が浮かぶ。
「お前はそのこと、最初から知ってたのか?」
「あ、ううん、次の日の朝早くに教えてもらって・・・」(ということは、俺が謝りに行った時には既に知ってたってことか?)
「・・・ちょっと待て。じゃあ、もしかしてお前、俺が・・・」
思わずふぁきあが尋ねかけた時、ウルリケが戻ってきた。ふぁきあは途中で言葉を飲み込んだ。あひるも敢えて尋き返したりはしなかった。ウルリケは何故かいつも侍女達が来る直前に戻ってくるが、はたしてこの時も、すぐにあひるの侍女が来てあひるを呼んだ。あひるが連れて行かれてしまったので、ふぁきあは引っ掛かりを抱えたまま、独り思い迷わざるをえなかった。
(あいつは、俺があの時正気じゃなかったと思ってたのか?・・・いや、確かに正気じゃなかったが・・・だが、俺が言ったことも全部でまかせだったと考えてるんじゃないだろうか?もしそうなら・・・)
ふぁきあは動悸が早くなるのを感じた。
(・・・俺が本気だと知ったら?そうすればあいつは、俺のことをまじめに考えてくれるのか?・・・)
ふぁきあは強く頭を振った。
(バカバカしい。ありえない)
自分でも未練がましいと自分を哂った。
(あいつが俺の気持ちを知っていようといまいと、あいつの眼中には王子しかないんだ)
様子のおかしいふぁきあをウルリケが心配そうに見ていたが、ふぁきあは全く周囲を見ていなかった。