クリスの全身を稲妻が駆け抜けた。体中が目覚め、強い望みで緊張してこわばっている。動いたわけでもないのに肌がじっとりと汗ばむ。クリスはゆっくりとリンデの額に、瞼に、頬に、そして唇に口づけを落とした。気持ちは―体も―逸っていたが、クリスは慎重に、丁寧にリンデの唇と舌を味わった。息をさせないほど激しくはなかったはずだが、リンデが苦しそうに身を捩ったので、唾を飲み込み、静かに顔を離した。溜息をついて目を開いたリンデと見つめ合う。リンデの唇は度重なる執拗なキスのせいで濡れてふっくらと腫れ、頬は紅潮し、瞳は熱を持って潤んでいた。指先と視線を、リンデの顎から喉を滑らせて徐々に下げてゆき、胸元の紐を緩める。そっと両手を差し入れて、そこに押し込められたふくらみを解き放ちながらクリスは囁いた。

「こわいか・・・?」
「・・・ううん・・・」

リンデの心臓は飛び出しそうなほど激しく打っていたが、恐怖とは違うと―少なくともそれだけではないと、分かっていた。クリスはリンデの瞳を覗き込み、微かな怯えと、それを凌ぐ強い情熱を見た。再び唇が重なり、二人の体に炎が燃えた。その夜、二人は初めて結ばれた。
 
 
 

実はクリスはそれまでにも、リンデを抱く夢を何度も見ていた。だから自分にそういう欲望があることは自覚していた。しかしクリスは、あの火祭りの夜以外、一度たりともそんな気持ちでリンデに触れたことはなかった。機会がなかったわけではない。現実問題として、親友の妹に軽々しくそんな振る舞いに及ぶわけにいかないということもあったし、そうでなかったとしてもおそらく手を出すことはできなかっただろう。

クリスにとってリンデは、無垢で清らかな護るべきものであり、欲望にまかせて穢してしまうことなど―少なくとも目覚めて理性が働いている間は―あってはならなかった。細い腰に、白い首筋に、目が吸い寄せられることはあっても、敢えて意識を逸らして考えないようにしてきた。リンデがいずれ自分のものになると疑っていなかったためもあったかもしれない。そうかと言ってクリスは、体の欲求を満たすために戯れに女を抱くということもなかった。リンデ以外の女など抱きたいとは思わなかった。それは稀有なことではあったが、そのぶん、集積され、たわめられた強い波がリンデだけに向かってしまったことは否めなかった。
 
 
 

初めて経験した現実のそれは、夢とは全く違っていた・・・もっと、身が焼き尽くされるように熱く、切羽詰った感覚は息もできないほどで、クリスは自分を衝き動かすもののなすがままになってしまった。ただひたすら彼女を奪いたくて、彼女の心も、体も、自分で満たしてしまいたくて。

リンデの体は思っていたよりずっと柔らかく、クリスが手加減なしに抱くと折れてしまうのではないかと思えるほど華奢だった。彼女が涙を流しているのに気づいていたが、自分を止められなかった。ずっと抑えてきた欲望が、一刻も早く解放されようともがくのを、喪失への恐怖が後押ししていた。止まるとまた何かに彼女を攫われそうで、怖くて止まれなかった。―もっともリンデが泣いていたのは、痛みのためだけではなかったのだが。

「悪い・・・少し・・・我慢してくれ」

せわしない呼吸の合間に、謝罪とも言えないような言葉で赦しを乞うのがやっとだった。どのみち、そう長くは保ちそうになかった。

「次は・・・君のために・・・する、から・・・」
「あっ・・・ぁ・・・ん・・・」

か細くすすり泣くような喘ぎ声を上げるばかりのリンデを、更にいたぶるように激しく突き上げ、抑え切れない熱い想いを注ぎ込んだ。
 
 
 

自分の刻印をリンデの体に刻み付け、クリスはやっと深く息を吐いた。きつく抱え込んでいた両脚を放して、ぐったりと横たわる彼女の隣に仰向けに倒れ伏し、荒い息を整えながら、ついさっきまで自分の一部だった温もりに手を伸ばした。編んであった長い髪がいつの間にか解け、滑らかな象牙の肌の周りで豊かに波打っている。そっと腕を廻すと微かに震えながら自分にしがみついてくる、その細い体を腕の中に閉じ込めて、頬を摺り寄せた。

(僕のものだ・・・)

ずっと願っていたものを手に入れて、クリスはこの上ない幸福を噛み締めていた。ほんの一昨日までは、完全に光を見失い、絶望の闇の中にいたというのに。失われかけた魂の半分は、耐え難い苦しみの末、やっとクリスの許に戻り、一つに結ばれて眩しい輝きを放っている。悪夢は過ぎ去り、凍てついたまま砕け散ったと思われた心は元に戻され、今は温かい光に満たされている。・・・それとも今、この幸せが夢なのだろうか?目覚めればまた自分は独りで、彼女が離れていくのを、為す術もなく見ているだけなのではないだろうか?

クリスはふいに不安になってリンデを強く抱き寄せた。

「んっ・・・なに?クリス」

大きな瞳が軽い驚きを浮かべて、無邪気にクリスを見上げる。心を痺れさせる甘い声、瞳に宿る明るい光、そして柔らかく頼りなげな温もり。それらを自分の腕の中に確かに抱き締め、クリスはリンデの耳元で深い溜息をついた。

「どうしたの?」

リンデが気懸かりそうに眉をひそめた。

「・・・いや」

自分の不安を晒すのをクリスはためらった。ふっと腕の力を抜き、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「こんなにイイものなら、もっと早くすれば良かったと思って」
「バカっっ!!」

リンデは真っ赤になって俯いてしまった。クリスは小さく笑い、その顎に手を当てて上向かせ、軽く唇に触れた。

「・・・そうすれば、君はもう僕のものだって言えて、あんな辛い思いをせずに済んだ・・・」

冗談めかして軽く言ったつもりだったが、声が震えた。リンデはそれを敏感に感じ取ったらしく、少し悲しげに眉を寄せた。

「ごめんね・・・」
「違う、君が悪いわけじゃない」

弱気を振り払うようにクリスはきっぱり言った。

「あの状況では、君は家族を守るためにそうするしかなかった。悪いのは、君の家族への深い愛情を理解せず、捨てられたと勝手に思い込んで、簡単に諦めようとした僕の方だ」
「違うのクリス、本当は私・・・」

クリスが少し誤解しているらしいのを訂正しようとリンデは口を開きかけたが、クリスのために自分を犠牲にしようとしたのだと告げるのは、好意の押し付けのようで憚られ、一瞬ためらった。しかしクリスの瞳に不安げな色が浮かんだのに気づき、慌ててリンデは言った。

「お兄様達ももちろん大事だけど・・・私が一番守りたかったのはクリスなの」
「僕を?」

眉をひそめたクリスの顔に手を伸ばし、頬を優しく包んだ。

「あなたを・・・失くしたくなかったから」

リンデは話した。両親との会話、自分の選択、そしてあの辛い別れと、死を願うほどの絶望。クリスは頭を殴られたような呆然とした表情でそれを聞き、罪悪感に苛まれて顔を伏せた。

「すまないリンデ・・・僕は・・・」
「ううん。クリスを責めてるんじゃないの。だって、私、それでもクリスを守りたいって思ったんだもん」

リンデは両手でクリスの顔をそっと上げさせて目を合わせた。

「ごめんね・・・私のしようとしてた事が、そんなにクリスを苦しめるなんて思わなかったの・・・だからね、私、クリスが、私の笑顔でクリスを守れるって言ってくれたから、ついてきたんだよ」

クリスの胸に熱いものが込み上げる。自分が思っていたよりもずっと、自分は愛されていた・・・誰よりも、何よりも愛しているこの人に。切ない幸福感で胸が詰まった。リンデの手に手を重ね、顔を動かして掌に口づけ、低く囁いた。

「愛してる」
「うん」

リンデが頷いて微笑む。小さなリンデを無限に大きく感じた。クリスの胸元でリンデがくしゅんと小さくくしゃみをした。


 

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