小さな部屋。
入口の近くに、腰くらいの高さの粗末な小さい扉付き棚が在り、それと反対側、閉じられた窓の手前に簡素なベッドが在るが、部屋が小さいので数歩分しか離れていない。

棚の横にふぁきあの剣が立て掛けられ、棚の上には水差しと小さな包みが置かれていて、ふぁきあはそれらを避けるようにして棚に半分腰掛け、ベッドに横たわる人を見つめている。目が慣れれば、棚の上に置かれた蝋燭の明かりだけでもその人の様子が分かる。ここに着いた時には意識が無く、熱も高く、かなり心配したが、無理矢理飲み込ませた薬が効いたのか、今は落ち着いている。

ふぁきあは立ち上がって近づき、その人の額に手のひらを当て、それから手を滑らせて頬に手の甲を当てた。何度そうしたかは忘れたが、だんだん熱も下がってきて、もう心配ないと思われた。

(こんな目に遭わせてしまうなんて・・・)

ふぁきあはベッド脇に膝を折り、肘をついて、組んだ手に自分の額を乗せて俯き、苦い溜息をつく。

(俺のせいだ・・・)
 
 
 

あひるを鞍の前に乗せてあの山小屋を発った時、ふぁきあは、この家が近くに在ったのはまったく幸運だったと考えていた。ここなら人目につかずにプリンセスを休息させられる。だがしばらくしてふぁきあは、ふと、このよくしゃべるプリンセスが妙におとなしくなっているのに気づいた。彼女のうつむいた顔を何気なく覗き込み、音を立てて血が凍った。

あひるは高熱で真っ赤に頬を火照らせ、ぐったりと目を閉じていた。最初からふぁきあにしがみついていたので、力が抜けて凭れ掛かっているのに気がつかなかったのだ。血の気の引いた頭に、続けて一気に血が上る。ふぁきあは左腕でしっかりとあひるを抱き寄せ、馬の腹を蹴った。
 
 
 

(王子は俺を信じて任せてくれたのに・・・)

また溜息が洩れる。前屈みにうつむいていたふぁきあは、ふと、懐にいつもは無い重みを感じ、それを取り出して手のひらに載せる。蝋燭の火に照らされて、血のように鈍く輝くペンダント。

(プリンセス・クレールがくれたと言っていたか・・・こいつを守るために。それで見かけまで変わるのか?・・・確かに、そのおかげで助かったが・・・)

顔を上げてあひるの顔を眺める。

(身を守るためにそこまでしなくちゃならないのか?・・・今のままで可愛いのに・・・)

ふいに山小屋であひるを押し倒したことを思い出し、反射的にペンダントを握り締め、腕で顔を隠すようにしながら飛び退く。

(バカ、何を考えてるんだ俺は、あれは追手をごまかすために仕方なくやったことで、別にそんな気があったわけじゃ・・・)

それでも、状況が差し迫っていたとはいえ、ためらいもせずにそんな行為に及んだのは事実で、ふぁきあは自分でも困惑した。一人赤面しながら顔を逸らし、ベッドを離れて棚の前に戻った時、後ろであひるが身じろぎした気配を感じた。


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