それから3週間ばかりが過ぎた頃。
二人はがらりと変わった生活のリズムと、不条理の塊のような謎の生命体の扱いにもどうにか慣れ、
育児を楽しむとまではいかないものの、多少の余裕が出てきた。
―すなわちリンデは、ふぁきあを抱きかかえる手つきもふぁきあの要求を捌く手際も、自信に満ちた
母親のそれとなり、クリスは、家事育児全般における有能ぶりを遺憾無く実証するのもさることながら、
とりわけふぁきあの(非常に分かりにくい)意思表示を83%程度の正確さで読み取れるという
意外な才能を見出され、内心、いたく誇らしく思っていた。
(もちろんこの安定状態に至るまでには、ゼンタとザックスのきめ細かなサポートがあった)

そしてこの頃、クリスにはさらに―幸か不幸か―自分の欲求にも目を向けるゆとりが生まれていた。
リンデは、彼女の腕に抱かれてげっぷさせられているふぁきあをクリスがちょっと恨めしそうに見ていることに
少し前から気づいていた。

「・・・本当においしそうに飲むよな」
「飲んでみる?」

間髪を入れずに返ってきたストレートな返事に、クリスはかあっと赤面して顔をそむけた。

「いや・・・いい・・・」
「そう?まだ出るよ。いっぱいあるんだから遠慮しなくてもいいのに」
「そういう問題じゃないだろう・・・」
「じゃあ、なにが問題なの?」

うっと言葉に詰まり、クリスは気まずげに目を伏せる。

「・・・別に・・・飲みたいわけじゃないし・・・」
「あっそう。ふぁきあにマズイもの飲ませてないか心配だったから、味見してもらおうと思ったのに」

ふぁきあをベッドに下ろし、さっさと胸をしまいかけるリンデ。

「あっ、ちょっ、待っ・・・」
「なに?」
「そ、その・・・」
「な・あ・に?」

リンデの方に片手を突き出したまま、ごくりと喉を鳴らすクリス。

「ち、ちょっとだけなら・・・味見・・・」

リンデは満足気な笑みを浮かべて再び服を捲くり上げ、片方の乳房に手を添えて、ぐっと胸を突き出した。

「はいv」
「あ、ああ・・・」

クリスはぎくしゃくとリンデの前にひざまずき、そのなんとも挑戦的にふくらんだ胸におそるおそる顔を近づけ、
舌先で先端をちょっと舐める。

「あン・・・」

切なげな声を洩らして身を捩るリンデに、クリスの一部がすかさず不随意な反応を示す。
思わずたじろいだクリスの頭をリンデが抱え込んで胸に押し付け、叱るような口調で言う。

「そんなふうにしたらくすぐったいよ。それに、それじゃ味がわからないでしょ?
もっとしっかり咥えて、ちゃんと吸って」
「わ、わかった・・・」

とは言っても、ふぁきあみたいに上手くはいかない。
生温かくべたつく液体を口の中で扱いかね、ちょっと吸っては、舐めまくる。
無言でリンデにしがみつき、ひたすら貪るクリス、既に別世界。

「どう?おいしい?」

胸元から低く不明瞭な唸り声。

「正直に言って。どんな感じ?」

リンデはちょっと心配そうだが、クリスはそれどころではない。

「とても耐えられない・・・」
「え?そんなに変な味?」

突如がばっとリンデの体を引き剥がし、クリスは自分の前を押さえて身を翻した。

「えっ、あの、クリス?」

リンデが戸惑った声で呼びかけたが、彼は一度も足を止めることなく、部屋を突っ切り、
氷点下の外気の中に飛び出していった。

彼の身に何が起こったかはお察しの通り・・・
そして彼の無愛想な息子は、終始、我関せずという態度を崩さなかった。


 

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