会議の後、あひるの部屋の前まで戻ってみると、ハインリヒの姿が見えず、ふぁきあは戸惑った。扉を開けてみるべきか迷っていると、突然扉が開いてあんぬが勢い良く出てきて、ふぁきあはとっさにニ、三歩下がる。「あっ、ふぁきあ様、すみません!」
「いや・・・」慌てて謝るあんぬに、少しためらった後、ふぁきあは尋ねた。
「・・・プリンセス・チュチュは?」
「チュチュ様は先ほど、王子様のところへ向かわれて・・・私達はここで待つように言われたんですけど、どうしてもチュチュ様のことが心配で、心配で、それでどこかで様子が分からないものかと」
「ああ・・・」(そうか・・・そうだよな。王子なら、すぐにあいつに話してやろうと思うはずだ)
王子があひるを呼んだものと思ったふぁきあは、王子の執務室の方向を見やった。
「あの・・・ふぁきあ様?ふぁきあ様は何か御存知ないですか?」
ふぁきあが振り返ると、不安そうに両手を握り合わせたあんぬが菫色の目を見開いてじいっとふぁきあを注視している。
「あの王子様に限ってチュチュ様にひどい扱いはなさらないでしょうが、家臣の方々の御意向とかもあるんでしょうし、私達がチュチュ様をお守りしなくては・・・」
侍女達の不安も無理はないと思い、ふぁきあは知っているだけのことを話した。
「あいつは・・・大丈夫だ。さっきの会議で、婚儀が早められることが決まったから、その話をしてるんだろう。式は今のところ十日後くらいを予定している。・・・ノルドは今後も、あいつを王子妃として扱う」
あんぬはほっと安堵の息をついて笑顔になった。
「良かった!じゃあ私達、これまでどおりに、ここにいられるんですね!」
ふぁきあはふと疑問に思って尋ねてみた。
「・・・シディニアと戦うことになっても、ここに残るのか?」
「私達はシディニアには帰らない覚悟でチュチュ様について来たんです。ずっとチュチュ様と一緒ですよ。チュチュ様はきっと御自分に何かあっても私達だけは逃がそうとなさるでしょうが、そういうわけにはいきません。私達は臣下ですけど、チュチュ様の友達ですから」ふぁきあは心を打たれた。これほどいい友達がいるあひるは幸せだと思うと同時に、友達にそう言わせる何かがあひるには有るのだと思った。
「心配要らない。プリンセス・チュチュは・・・王子が必ず守る」
嬉しそうな笑顔を見せたあんぬに軽くうなずくと、ふぁきあは王子の執務室へと踵を返した。
(・・・俺が守ってみせる。どんな犠牲を払っても・・・)
中庭を廻る回廊に出たところで、噴水の脇に腰掛けたあひるを見つけた。傍にいたハインリヒに何か話しかけたかと思うと、ハインリヒがお辞儀をして立ち去るのが見えた。傍に行ってもいいものかと逡巡しているうちに、あおとあがあひるに近づくのが見え、ふぁきあは眉を顰めて柱の陰に身を寄せた。