「・・・わかった」

彼の手が細く滑らかな頸を滑り降り、小さな、ちょうど片手に収まるサイズのふくらみを包み込む。ゆっくりと、慈しむように、敬うように、揉み上げると、彼女が心地良さげに目を閉じて呻き声を洩らした。先端が硬く立ち上がり、彼の掌を押し返す。彼女は蕩けそうな表情を浮かべて彼の愛撫に身を任せていたが、彼が中指でその突起を掠めるように引っ掻くと、鋭く躰を強張らせて小さくあえいだ。
 
 
 

こんなふうに感じるなんて、思ってもみなかった。甘やかな陶酔の中、痺れるような興奮が走り、躰の芯が抑え切れない欲望に疼く。これまで、この感覚の片鱗ですら経験したことはなかった。つらい記憶に残っているのは、ただ重く、疎ましかったことだけ。彼女は内心、自分には女性としての悦びを感じる能力が欠けているかもしれないとさえ思っていた。それなのに彼は、彼女の中に眠っていた感覚を易々と引き出していく・・・どうしてだろう?彼が上手だから?・・・そうかもしれない。でもそれだけじゃない。彼への想いが彼女を揺さぶり、目覚めを促した。そして、彼女の心が彼の心と強く呼び合うのと同じように、彼女の躰は彼の躰と激しく反応し合う。そう。これは特別な結びつき。お互いのために存在する二人の。
 
 

これは間違ってない。これまでたくさんの間違いを犯したが、これだけは間違っていない。二人は愛し合うべきだったのだ・・・たとえ天を欺き、世人の謗りを受けることになっても。それは、ずっと以前から定められていた運命である以上に、二人が選び取った彼ら自身の意志、彼ら自身の物語。今度こそ守り通してみせる。誰が、何が、邪魔しようとしても。
 
 

強い情熱に駆り立てられ、彼はひどく昂ぶってはいたが、まだなんとか自制心は保っていた―今のところは。暴走しそうになる本能に、彼女の体調を気遣う気持ちが手綱をかけていた。彼女は自信ありげに断言していたが、この件に関してはあまり信用できない。彼は、彼が与えたちょっとした刺激に鋭敏に反応して息を詰めてしまった彼女の頬に片手を戻し、こわばりを解くようにゆっくりと撫でた。

「力を抜け。リラックスして、受け入れるんだ」

ふっと彼女の躰から力みが抜け、誘うように柔らかな溜息が洩れる。つい惹き込まれそうになる自分をたしなめ、彼は聖遺物に口づける巡礼のように―見ている人がいれば獲物に喰らいつく狼のように見えたかもしれないが―熱意を込めて、あばらの浮いた細い躰に唇を落とした。痩せてはいても彼女の肌は上質な陶器のように滑らかで、たちまち押さえ込んでいた欲望が激しく身悶えする。今すぐ、思うさま躰を絡め合い、あらゆる肌を摺り寄せて、彼女を貪り尽くしたい・・・背中にじっとりと汗がにじんだ。

(耐えろ)

圧倒的に不利な戦いに苦しみながら、彼は必死で自分に言い聞かせた。

(これは贖罪だ。自分が何をしたかを思い出せ。これ以上彼女を傷つけるな)

深く息を吐いて気持ちを少し落ち着かせてから、再び慎重に舌先を滑らせた。彼女の反応を窺いながら、ほっそりした躰の輪郭をゆっくりとなぞっていく。胸の中心からふくらみの裾を廻り、汗ばんだ脇を滑り降りて華奢な腰へ・・・平らな腹部の窪みを探り、中央の道を辿って再び二つの丘の谷間へ・・・そしてその頂へ。熱くなり過ぎないよう、胸から太腿までは故意に離し、浮かせたままの姿勢を保ちながら。ただし、ともすれば身をよじりそうになる彼女を、腕と膝でがっしりと組み敷いて。だがそれは、必要であるとはいえ、自分の首を絞める行為であることに、彼はすぐ気づいた。動きを封じられた彼女が、たまらないと言わんばかりに首を振り、彼を求めるように腰を揺らして、切ない喘ぎ声を洩らす。

「ねぇ、もっと・・・もっとぴったり抱いて・・・」

思わず鼻先の薔薇色の果実に無遠慮に舌を絡め、唇で覆って強く吸い上げた。

「んんっ!・・・ふ・・・ぅ」

胸の中で―そして腹の下で、彼女を求める気持ちが嵐のように荒れ狂う。唾液塗れの小さな乳首を、激しく音を立てて舌でなぶった。彼女の全てを自分のものにしたい。すみずみまで、完全に・・・一刻も早く。彼女の肌がまた熱っぽくなってきたような気がするが、彼自身が熱くなってしまっているせいでよく分からない。こうなってしまったらもう、できるだけ速やかに終わらせた方がいいかもしれない・・・そうだ、それしかない。

腕の中でおののく躰を優しくなだめ、そっと促すと、彼女は抵抗せず脚を開いた。目前に差し出された甘美な天国に激しく胸が高鳴る。すぐにも彼女を満たしたいという強烈な欲求で躰が燃えるようだったが、彼はいったんそれを抑えた。再び唇を重ね、絶え間無い舌の動きで彼女の気持ちを掻き立てながら、魅惑の園に手を伸ばし、薄い叢を掻き分けて、熱と湿り気を帯びて膨らんだ柔らかな花に触れる。彼女ははっと息を呑んで身を硬くしたが、彼の指先が円を描くように潤った花びらの内側を愛撫し始めると、蕩けるように再び力を抜いて彼の愛撫に身を委ね、彼の唇に甘い喘ぎをこぼした。下腹部からの突き上げるような容赦無い衝動を、彼はなんとかぎりぎりで堪え、指を滑らせて、熱く濡れそぼった花芯を捉えた。

「あ、ああっ!」

驚くほどの激しい反応が返り、鋭い情欲の波が彼自身の欲望の塊を直撃して、思わず全身を強張らせた。
焦るな。傷つけないように、ゆっくりとだ。
大きく二回ほど深呼吸してから、蜜壷の中に指を滑り込ませる。

「んっ、はぁ・・・ん」
 
 
 

こんな経験は初めてだった。こんな風になるなんて・・・彼女は自分が本当に何も知らなかったのだと思うと、恥ずかしさで顔から火が出そうだった。興奮で躰中が熱い。彼に触れられた箇所が高熱を発して溶け出し、そこから新しい自分が―本当の自分が現れてくるように感じる。彼はそれを知っているのか、繊細な、けれど力強い愛撫で彼女の躰をくまなく探り、完全に彼女を生まれ変わらせた。外側だけでなく内側までも・・・彼女はもはや過去のことなど思い出せなかった。自分の内から湧き上がる波と彼から押し寄せる波とがぶつかり合い、交じり合って、大きなうねりとなり、彼女を、二人を、呑み込んでいく。両脚の間の細い道に熱くとろりとした液体が自然に溢れ出し、滴り落ちる、初めての感覚・・・彼女は羞恥心を捨てて心と躰を開き、彼のもたらす素晴らしい世界を受け止め、悦びに震えた。
 
 
 

彼女の悦びを慎重に探り出していきながら、彼は胸の裂ける思いを味わっていた。彼女の内側は予想以上に硬く、ほとんど経験が無いという彼女の話を裏付けていた。彼の心に再び激しい悔恨の念と、堪らない愛しさが込み上げた。彼女は彼の卑怯なふるまいのため、死ぬほどの苦痛を強いられた。それなのに、それでも彼を赦し、受け入れてくれる。いったいどうやってその愛に報いることができるだろう?彼女の人生から全ての苦しみを取り除いてやりたい。温かい平和と幸福で満たしてやりたい。守られていると、もう恐れることは何も無いと、感じて欲しい。たとえ彼の罪は償い切れないとしても。
 
 

彼女が充分にほぐれ、息が上がってきたのを感じて、彼は指の動きを止めた。股間の疼きは、もうこれ以上待てないところまで高まっている。彼は爆発しそうな欲望をこれ以上刺激しないよう、静かに指を引き抜いた。彼女が深く溜息をつき、物憂げに瞼を持ち上げる。束の間、熱っぽく曇った瞳と視線が絡み合った。それから彼ははじかれたように躰を動かして、彼女の腿の裏に手を当てて引き上げ、濡れて光る彼女の中心に張り詰めた彼のものをあてがうと、彼の肩に回されていた彼女の手を掴んだ。掌を合わせ、指を絡めて、彼女の両腕を左右にいっぱいに押し開く。とほぼ同時に腰を落とし、熱くたぎる楔を一気に打ち込んだ。

「っ・・・あぁ・・・ぅ」

彼女が躰を強張らせ、呻き声を上げたが、彼はそのまま狭い壁の奥まで自分を押し込んだ。二人の肌を一分の隙も無くぴったりと合わせ、組み合わせた掌をぎゅっと握り締めて耳元に囁く。

「君は今、僕に捧げられた」

自分の下で―そして周りで―彼女が震えるのを感じた。

「君は僕のものだ」

ゆっくりと腰を引き、再び深く刺し貫く。

「そして僕は君のもの。死ぬまで離れない」

まるで彼の言葉に応じるかのように彼女の内襞が彼を締め付け、彼は思わず快感のうめきを洩らしてあえいだ。

「いや、死んでも離れられない・・・!」
 
 
 

彼が入ってきた瞬間、彼女は思いがけない痛みに顔をしかめた。痛いのは初めての時だけだと聞いていたし、その時は感覚も感情も全て封じていて痛みなど感じなかったので、痛い思いはしなくて済むのだと思い込んでいた。これではまるで、本当に初めて・・・

しかし、束の間の筋道立った思考もそこまでだった。掠れた低い声で告げられた厳粛な言葉に、心が震えた。歓喜が頭から爪先まで駆け抜け、対応不可能な勢いで炎が全身に燃え広がる。飛んで行きそうになる意識を必死で捉まえ、繋がった箇所に感覚を集中した。彼女の躰と心の全てで、魂の伴侶の熱く太く逞しい欲望をしっかりと包み込み、感じ取る。彼がゆっくりと動き始めると、自分の内側が悦びにひくつくのが感じられた。一瞬羞恥が甦ったが、立て続けに目も眩むような快感が押し寄せ、彼女はたちまち全てを忘れた。流れに呑み込まれてしまいそうな感覚に、彼女は思わず彼の腕に爪を立ててしがみついた。彼女の内壁が、彼女の意志とは関係なく、彼の言葉に答えて、内に在る彼をぎゅっと抱き締めた。
 
 
 

彼は激しく乞い願った夢を、今やっと両の腕に捉えた。愛する人を腕の中に抱く悦びは、彼が密かに思い描いていたより遥かに強烈で、濃密だった。想像もしなかった素晴らしい歓喜が躰を突き抜け、天上の幸福へと彼をいざなっていく。まるで魔術にでもかけられたように、彼女の存在がとてつもなく強力な力で彼を呼ぶ。引き寄せられるように挿入を繰り返すうち、彼の自制心はどんどん怪しくなってきた。極限まで膨らんだ情熱が、はけ口を求めてびくびくと震える。

「悪い・・・もう・・・止められない・・・」

彼女からは息も絶え絶えの喘ぎが返ってきただけだったが、それすら彼の荒々しい野性を煽り立てた。彼は彼女の上体が動かないように両腕でがっちりと押さえつけて激しく腰を揺らし、彼女の温もりに深く、深く身を沈めた。
 
 
 

動きを封じられているぶん、止めようもなく湧き上がってくる快感の逃げ場がなく、身の内で際限もなく膨らんでいく。解放の瞬間を―それはもうすぐそこに待ち受けている―予感して魂が期待に震えた。生まれたばかりの熱い感情が躰の内で力強く羽ばたくのを感じる。彼女は思い切って翼を広げ、高く、どこまでも高く舞い上がった。悦びという名の風に乗ってめくるめく光の中へ飛び込み、激しい情熱の力と一体となって、遥かな高みに到達した。そうして絶頂に震える自分の内で彼が弾け、彼の情熱の波が深奥まで打ち寄せ、熱く満たされるのを感じた。
 
 
 

遂にそこに到達した時、彼は一瞬息を詰め、全ての動きを止めた。そして、かつてない激しさで情熱を迸らせながら数回強く腰を押し付け、『彼女』の名を叫んだ。封印された―決して口にするまいと考えていた名を。

彼は心も躰も解放されていた。長く彼を縛り付けていた重い鎖は解け落ち、彼を捕らえていた苦しみもこだわりも跡形もなく消え去っていた。その名前は―ずっと心の奥底で呼び続けていたその名前は、彼の中で再び生命を吹き返し、永遠の輝きを取り戻した。
 
 

彼女の上に崩れ落ちそうになるのを、最後の力を振り絞って堪え、彼は躰を横にずらしてどさりと転がった。何もかもが過去の経験とは違っていた。一点の迷いも無い欲望も、躰を焼き尽くす狂おしい衝動も、信じられないほどの絶頂感も。だが一番違っていたのは、達した後の、この幸福感だった。
 
 

・・・生きることはなんて素晴らしいんだろう。彼女が・・・傍にいてくれる!
 
 

満ち足りた思いでぐったりと横たわり、彼は目を閉じたままゆっくりと息を整えた。そしてふと、彼女が全く動かないことに気づいた。やはり彼女には負担が大きかったのだろうか?疲れた躰を引き起こして横向き、彼女を見遣った。

「どうした?大丈夫か・・・?」

返事が無い。閉じた瞼も、唇も、ぴくりとも動かない。
全身の血が凍った。彼は反射的に跳ね起き、彼女の肩を掴んで怒鳴った。

「息をしろ!」

彼女が深く息を吐き、長い睫を震わせて瞼を上げるまでの数瞬が、永遠のように感じられた。大きな澄んだ瞳が、少し不思議そうな色を浮かべてゆっくりと彼を見上げる。彼は思わず深い溜息を洩らし、息が止まっていたのは自分の方だったことに気づいた。

「・・・ああ・・・全く・・・」

僅かに嘆息しながら目に落ちた長い前髪を掻き上げると、彼女が仄かに微笑を浮かべた。彼は自分の額に当てていた手を伸ばし、小さな額に乱れて貼り付いた淡い色の髪を指先でどけた。

「すまなかった。無理をさせたな」
「ううん・・・大丈夫・・・」

幽かに囁くような声で彼女が答えた。

「素敵だった・・・現実とは思えなくて・・・動くのがこわいくらい・・・すごく・・・良かった・・・」

途端に彼の中で再び情炎が燃え上がったが、彼は今度こそそれを抑え込んだ。欲情をあらわにする代わりに、額に小さくキスをして彼女の隣に身を横たえ、細い肩を優しく包んで胸に抱き寄せた。心の底から強い想いが湧き上がり、唇から自然に言葉がこぼれた。

「愛している」

ずっと、心の奥深いところに大切に抱いていた言葉。声にすることのできないまま、必死で叫び続けてきた言葉。その言葉を口にした途端、なぜか急に涙が溢れ出し、止まらなくなった。

「・・・愛している・・・愛している・・・」

ぼろぼろと涙をこぼしながら、彼は同じ言葉を、繰り返し、繰り返し、呟いた。他には何も言うことも、考えることもできなかった。ふっと、頬に彼女の柔らかな指先を感じた。

「どうしたの・・・?」

澄んだ大きな瞳が心配そうに彼を見つめている。彼は堪らず彼女の頭を抱き寄せ、涙で咽喉を詰まらせながら、みっともなく掠れた声で囁いた。

「もう言えないかと思った・・・永遠に・・・」

彼女は黙って彼の背中をぎゅっと抱き返してくれた。長く柔らかな髪に顔を埋め、両腕に力を込めて優しい温もりを確かめた。

「傍に居てくれるな?いつも・・・ずっと?」
「だいじょうぶ。どこにも行かない。ずっと傍に居るよ」

深い安堵の溜息と入れ違いに、長らく彼から遠ざかっていた安らかな気持ちが戻ってきた。緊張の糸が切れたように、すうっと気が遠くなっていく。眠りに落ちる彼の耳に、愛しい人の声が優しく囁くのが聞こえた。
 
 
 

『愛してる・・・永遠に・・・クリス』
 
 
 
 
 


 

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