「・・・様!クリス様!」

はっと顔を上げると、机の前にザックスが立っている。

「ああ。なんだ?」
「副官殿から伝言です。砦外壁の補修はほぼ完了。内部の方は明日にして、兵士らに休息を取らせたいと」

クリスはザックスの方を向いてはいるが、どこか遠くを見ているように焦点が合っていない。
クリスの返事がないのでザックスはクリスを覗き込む。

「クリス様?」
「ああ、うん、そうしてくれ」

クリスは我に返り、よく考えもせず慌てて答えた。
しかしザックスは立ち去ろうとせず、不審げに眉をひそめる。

「どうかしたんですかい」
「いや、何でもないよ。ご苦労だった」

クリスは不自然に強張った笑みを浮かべ、労いの言葉をかける。
ザックスは憮然とした表情でクリスを一瞥してから踵を返し、部屋を出ようとした。

「・・・ザックス」

背中にかけられた声にザックスは振り返る。
クリスは少しためらいながら、それでも聞かずにはいられないといった様子で尋ねる。

「もし・・・もし、とても大切なものが奪われそうになったら、お前ならどうする?」

ザックスは少し眉を上げた。

「大切なもの、ですかい?」
「ああ。とても大切なものだ。自分自身の命よりも」

クリスは縋るような目でザックスを見る。
ザックスは再び机の前に戻りつつ、こともなげに答える。

「そんなら何も悩むこたぁねぇ。命懸けでそいつを守るだけのことでさ」
「守る?」

クリスはただ鸚鵡返しに言われた言葉を繰り返す。

「そうとも。どうしても失くしたくねぇもんなら、なんもかんもかなぐり捨てて、死に物狂いで守るしかねぇ。当然じゃねぇですかい?」

クリスは目が覚めたような顔になった。

「それがいいとか悪いとか、正しいとか間違ってるとか、関係ねぇ。そんなことで諦めちまったら、悔いが残るだけじゃすまねぇ、きっと心が死んじまう。俺ぁ、そんなあんたは見たくねぇ」

ザックスは眉間に皺を寄せてクリスを睨みつけるように見下ろした。

「俺だったらこんなところでぼやぼやしてねぇで、そいつの傍に四六時中張り付いてでも守りますぜ。戦争をやるのは別にあんたじゃなくてもいい。けどそいつを守れるのはあんたしかいねぇんでしょ?」

クリスが固まったまま答えないので、ザックスは、用は済んだと判断して再び背を向けた。
しかし部屋を出る直前にふと振り返った。

「シディニアの奴ら、こないだこっぴどく追っ払ってやったから、当分来やしねぇでしょう。クリス様はしばらくおやすみを取られるって、副官殿には伝えときますよ」

クリスは机の上の地図に目を落としたまま、何も答えなかった。


 

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