王子の執務室。他の従者達を下がらせ、あおとあはふぁきあと部屋に入る。王子が机から顔を上げ、いつものように笑顔でねぎらいの言葉を掛ける。

「おかえり。ごくろうだったね、あおとあ、ふぁきあ」

あおとあは軽くお辞儀をしてから報告した。

「お待たせいたしました、王子。ただいまプリンセスがお着きになりました。謁見室でお待ちいただいています」
「そうか、じゃあ、すぐに挨拶に行かないとね」

立ち上がった王子に向かって、あおとあは続ける。

「到着が遅くなりまして、申し訳ありません」
「それはいいけど・・・何かあった?」
「それは・・・」

言葉を濁すあおとあを遮って、ふぁきあが進み出る。

「俺のせいだ、王子。実は一度、俺が勝手に離れた隙に、プリンセスが連れ去られた。すぐに助け出したが、安全のために、街道を外れた別の道筋を回って連れて来た。だから時間がかかった」

王子は顔を曇らせる。

「そうなの」
「期待に添えなくて済まなかった。処分は受ける」

あおとあが執り成そうと口を開く前に、王子が答えた。

「そうだね。でも君がいなかったら、ここまで無事には着けなかっただろう。だからその功績で相殺しよう」
「だが、それでは・・・」

ふぁきあはなおも言い募ろうとするが、王子はあおとあの方を向く。

「あおとあ、その賊を一応調べてみてくれるかい?」
「はい、もちろん」
「王子!」

食い下がるふぁきあに取り合わず、王子は話を変える。

「あまりプリンセスを待たせてはいけない。行こう」

二人に頷いて歩き出す王子。あおとあも後に続こうと踵を返す。ふぁきあは俯き加減にその場に立ち止まったままだったが、横を通り過ぎた王子を振り返って呼び掛ける。

「王子」
「なに?」

振り向いた王子にふぁきあは遠慮がちに頼む。

「すまないが・・・俺はこれで下がらせてもらっていいだろうか。それで、できれば・・・」

少しためらった後、言葉を続ける。

「しばらく城を去らせてほしい。領地の方に戻りたいんだ」

王子は微笑んで頷いた。

「うん、いいよ。疲れただろうから、ゆっくり休んできたら」
「ありがとう」

ほっとしたように感謝の言葉を呟くふぁきあを残して、王子は部屋を出る。それに従ってあおとあも歩き出し、ふぁきあの前をすれ違いざまに小声で囁く。

「賢い選択だ」

ふぁきあはぎゅっと拳を握り締め、王子とあおとあの後姿を見送った。
 
 
 

謁見室は大きなガラス窓が開け放たれ、回廊越しでも中の様子が良く見えた。ふぁきあは覗き見するつもりではなかったが、あおとあの言葉が引っ掛かっていて、どうしても気になってしまった。しかし、ふぁきあは見たことを後悔した。あひるは王子の姿を見るなり、頬を上気させ、夢中になって王子に見とれていた。そしてのぼせた様子でぎこちなく挨拶し、王子に手を取られて、陶然として王子に微笑みかけていた・・・明らかにふぁきあに対するのとは違う態度で。王子はいつもと変わらない様子だったが、あひるを気に入ったらしいことは、ふぁきあには見て取れた。二人はお似合いだったし、あひるは幸せそうだった。ふぁきあは、あひるが王子と結ばれるべきプリンセスであることを思い知らされた。自分には手の届かない遠い人であることを。


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