あおとあが立ち去った後、ふぁきあはその場に立ち尽くす。

(どういうことだ?あひるは望んでいないって・・・あいつは王子と結婚するのが自分の運命だと、自分からそれを望んだと、はっきり言っていたのに)

ふぁきあは俯いて考え込む。

(王子を愛してないのか・・・?)

しかしふぁきあは、頭を振って自分の考えを否定した。

(そんなはずはない。王子に会った時もあんなに嬉しそうで・・・いつも王子のために、良い妃であろうと一生懸命で・・・そのために、敵である俺の看病まで・・・)

その時ふぁきあの心をある期待が掠め、どきりとした。

(もしかして・・・いや、ありえない)

浮かんだ考えを、それは己の願望に過ぎないと即座に否定したものの、僅かな可能性を求めてふぁきあの気持ちは迷走した。

(でも、もしあいつが王子を愛してないなら・・・あいつが他の誰かを好きだったとしても、相手が王子じゃないなら俺は・・・)
「あっ、ふぁきあ」

不意に明るい声がして、何も目に入っていなかったふぁきあの心臓は飛び跳ねた。

「出歩いて大丈夫なの?」

ふぁきあは驚いた表情のまま固まり、駆け寄ってくるあひるを呆然と見ている。

「やっと歩けるようになったばかりなんだし、無理しない方がいいんじゃない?また悪くなったりしたらイヤだし・・・」

ふぁきあはやっとの思いで声を絞り出す。

「あ・・・」
「チュチュ様ー」

そこへ侍女達があひるを探す声。

「ああ、もう来ちゃった。ちょっと休憩って言ったのに・・・」

ふぁきあは言葉を継げずに立ち尽くしたまま。その間にあんぬ達があひるを見つけてやってきた。

「チュチュ様、まだ明日の段取りの最終確認が終わってません」
「うー、もういいよ、適当で・・・」
「そうはいきませんよ」
「やっぱり・・・」

あひるはふと気づいてふぁきあを見上げる。

「あ、そだ、ふぁきあさっき何か言いかけてなかった?何?」

改めて尋かれたところで、言おうとしていた言葉は既にどこかに消えてしまっていた。

「・・・いや・・・」
「そう?部屋に戻っておとなしくしてた方がいいよ。また後で様子見に行くから」

あひるは笑顔で手を振ってあんぬ達と戻っていき、ふぁきあは呆然と見送るしかなかった。
 
 
 

中庭を隔てた反対側の回廊に、西の裏庭の方から、腕を組んで寄り添ったハインリヒとウルリケが姿を現す。ハインリヒはウルリケを見ている。ふぁきあの部屋に戻ろうと南側へ向かっていたウルリケは、何気なく中庭の方を見て、図書館前の回廊に立ち尽くしているふぁきあに気づき、立ち止まる。ウルリケの視線を辿って、ハインリヒも気づく。

「ああ。確かに、もう心配なさそうだね。・・・外を出歩けるようになったってことは、明日の結婚式には出席するつもりなのかな?」

ウルリケは答えず、ただ悲しそうに眉を寄せてふぁきあを見ていた。しばらくしてハインリヒに向き直る。

「もし・・・もしかして、私達があなたに迷惑をかけるようなことがあったら・・・その時は婚約を解消して」
「ウルリケ!」
「今は理由は尋かないで。でも・・・」

みなまで言わさず、ハインリヒはウルリケの肩に手を置き、穏やかな表情ながらも真剣な目でウルリケを見つめて語りかける。

「・・・ウルリケ。君が尋くなというなら尋かない。だけど、分かってるとは思うけど、僕は自分に都合のいい時だけ君と一緒にいるつもりはないんだ。君が何を心配しているのかは分からないが、君が困ったり苦しんだりすることがあるなら、そういう時こそ僕は君の傍にいたい。君を守り、君の力になりたい」
「ハインリヒ・・・そうね。そうだったわ」

ウルリケは笑顔を取り戻す。

「きっと私は幸運だったのね。恋は、落ちる相手を選べないから」
「そうかな」

ハインリヒは少しはにかむように笑った。

「でも例えそれが苦しい恋だったとしても、愛したことを後悔したりはしなかった・・・だろう?」
「ええ、たぶん・・・きっと」

ウルリケはふぁきあを見やり、そしてハインリヒに目を戻して明るい声で告げた。

「私、ちょっとふぁきあをどやしつけてくるわ。あの子ったら、あんな所で立ち止まって、背中を押してやらないと動けないみたいだから」
「僕も行こうか?」
「いいえ、今はまだいいわ。助けて欲しい時は、私からお願いするから」
「分かった。じゃあ」

ハインリヒは左手をウルリケの右頬に当て、少しかがんで左頬にキスする。ウルリケは微笑んでハインリヒに背を向け、中庭へ降りた。
 
 
 

「行きなさい」
「・・・えっ?」

ふぁきあは声をかけられて初めてウルリケに気づき、振り返る。

「何をためらってるの。欲しいものがあるんでしょう。自分から手を伸ばして掴まなきゃ、手には入らないわよ」

驚きと戸惑いを浮かべて、ふぁきあはウルリケを見返している。

「・・・何かを手に入れようと思ったら、何かを失わなきゃならないこともあるでしょう。でもそれを怖れて何もしなかったら、必ず後悔するわ。一番大切なものは、絶対にあきらめてはダメ」

しばらくそのまま黙っていたふぁきあは、やがて僅かに微笑む。

「・・・ありがとう、ウルリケ」
「幸せになりなさい。あなたが幸せになるのが、私達の願いよ・・・」

ウルリケはふぁきあの頭を引き寄せ、額にキスをした。


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