真の騎士



 
ジークフリード王は、どんな戦の時でも部下だけを戦わせるということはなく、常に先頭に立って戦っていた。そのため都の城にいることは珍しく、一年のほとんどを国境近くの山荘で過ごしていた。そしてこの時彼は、王子に為政者としての仕事を学ばせるため、王子とその友人達を自分の山荘に呼び寄せていた。

パルシファルとクリスは王子に言いつけられた雑用を済ませて、山荘に戻ってきたところだった。山荘を囲む黒い森はいつも変わらないように見えても、纏う空気には微妙な差が感じられた。地面には柔らかな針のような葉が降り積もり、森の匂いは濃くなって、新しい世代への移り変わりを告げていた。二人は板柵で囲まれた敷地の入口で馬を降り、顔見知りの門衛に軽く挨拶して中に入った。石造りの館を横目に見て、馬を厩へと引いて行きながら、ふいにパルシファルが尋ねた。

「そういえば、父上の具合はどう?」
「あまり良くない」

クリスは眉を寄せて答え、パルシファルは顔を曇らせた。

「心配だね。領地で休養させてもらえるように、国王陛下にお願いしてみたかい?」
「父は・・・何があっても主君の傍を離れることはできないと・・・」

一瞬言い淀んだクリスにパルシファルは少し首を傾げたが、あまり気にはしなかった。

「そうなんだ。陛下は君の父上を頼りにしておられるからね・・・でも、あまり働き過ぎないようにした方がいいよね。もうお年みたいだし」
「いや、年のせいというより、今まで無理を重ねてきたせいだ。僕を連れて放浪していた時、ひどく苦労したみたいだから」

苦渋の表情を滲ませたクリスに、慌ててパルシファルは言った。

「君のせいじゃないよ・・・でも、できれば早く君が跡を継いで、安心させてあげた方がいいんじゃないかなぁ。君なら陛下のお気に入りだから、今すぐでも騎士に叙任してもらえるかもしれないよ」
「14になったばかりの子供に領地を任せるほど、陛下も甘い方ではないだろう」

クリスはあっさり否定したが、パルシファルはあきらめきれない様子で何か言いかけた。その時、二人の耳に王子の声が聞こえた。ふと見ると、裏庭の池の脇に、王子とヴォルフラムら数人の小姓達が座り込んで話していた。

「・・・で、その内通者が言うには、シディニア王はそんなところに布陣したことを後悔しているらしいのだよ。それと言うのも、王は既に年老いて戦う気力を失っているのを、王子達が無理やりそうさせたからなのだ。特に弟のアンリ王子は攻めるしか能の無い愚か者で、家臣達の忠告も聞かず、皆が手を焼いているそうだ。そんな無謀な王子に唆されて、裏道から攻め込もうとしたものの、在るのはろくな蓄えもできないような、俄かづくりの粗末な砦だけ。もし今攻められたら簡単に陥ちてしまうと、王は震えているらしい。細い山道が1本しかないところだから、それを塞がれたら逃げ道も無い。可愛い我が子とは言え、あの時王子の意見を聞き入れたのは間違いだった、見つかる前にとにかく打って出るか、それともあきらめて逃げ帰るかと迷っているらしいのだ。父上はそれを聞いてすぐに決断された」

王子は自分の話に陶酔し、得意そうに鼻をひくつかせて喋り続けていた。

「数人の側近だけを連れて、早速にその砦に向かわれたのだ。さすが我が父上、疾風の如く迅速で、獅子の如く苛烈であられる。シディニアの腰抜け王なんか、きっとあっという間に打ち破るだろう」
「陛下の並びなき勇猛さの前には、どんな敵も恐れをなして逃げ出すことでしょう」

小姓の言葉に王子は満足げに頷いた。クリスは眉根を寄せて、足早に王子に歩み寄った。

「その場所は?」

王子は驚いた顔で振り向き、クリスと、後に続いたパルシファルを見た。その表情は明らかに、クリス達がこれほど早く言いつけた用事を済ませて戻ってきたのが予想外だったと語っていた。しかしクリスはそれには構わず、重ねて尋ねた。

「陛下が向かわれたという砦はどこです」

王子は、慌てた様子を見せては沽券にかかわると考えたらしく、鷹揚な態度で答えた。

「場所がどこか知りたいのかい?例の、裏商人達が使ってた細い道さ。この間、僕等が見つけて報告しただろう。僕等は国境までしか追わなかったが、あの先に砦があったらしいのだよ」

実際には、道なき森の中に入っていく男達に気づいたのはクリスだったが、王子はそれを「自分達が見つけた」と言っていたし、クリスも特に異議を唱えたりはしなかった。ますます眉間の皺を深くして考え込んでいるクリスに、パルシファルが声をかけた。

「どうしたんだい、クリス?」
「罠かもしれない」

クリスは顔を上げ、厳しい表情でパルシファルを見た。

「?なんだって?」
「どうもおかしい。僕が聞いた限りでは、シディニア王はかなり専制的な人物だ。王子だろうと重臣だろうと、自分の気に入らない意見には耳を貸さないし、自分が決めたことに口を挟ませたりもしない。後になって愚痴をこぼすことなどありえない」
「だからそれは老いて弱気になってるからだろ?」

別の友人が答えたがクリスは一蹴した。

「シディニア王はたしかまだそんな年じゃないよ。それに最近の戦いぶりを見る限りでは、やり方が狡猾になってはいるが、執拗さは全く衰えていない。老いて弱気になったというようには思えない」

クリスは王子と友人達を見回し、さらに畳み掛けるように尋ねた。

「それにタイミングが良すぎると思わないか?僕達が裏道を発見して報告した途端に、こんな話が聞こえてくるなんて」
「まさか・・・」

勘の良いヴォルフラムが声を上ずらせた。

「そう、多分、あの商人達が既に罠だったんだ」

クリスは唇を噛み、王子達は一言も返せず、黙り込んだままお互いに顔を見合わせた。再びクリスは真剣な表情で口を開いた。

「一本道で向こうに退路がないということは、こちらも後ろを塞がれたら逃げられないということだ。もし本当に罠だったら、とても危険な状態だ」

父親が国王と同行していたヴォルフラムは真っ青になっていた。クリスは手近な木に手早く手綱を結わえながら言った。

「行かなくては」
「どこへ?」

間の抜けた問いを発した王子をちらりと見やり、クリスは短く答えた。

「陛下のところへ」

王子はむっとして更に尋ねた。

「何をする気だい?」
「もし間に合えば陛下を止めます」

王子に答えてからクリスはパルシファルに向き直った。

「僕は武器を調達してすぐに後を追う。パルシファル、君は君の父上に援軍を出してもらうように頼んでくれないか?」
「それはいいけど、でも、追うって言ったって、細い山道なんだろう?途中で遮られたら辿り着けないんじゃないか?」

不安そうに尋ねるパルシファルに、クリスは間髪を入れずに答えた。

「森の中を通って、崖の上から廻り込む。多少時間は食うが、そうすれば側面を衝ける。そう伝えてくれ」

言い終わるや否や、不満そうな王子と呆然と立ち竦む友人達を残してクリスは走り出した。


 

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