火祭りの夜



 
「火祭り?」

クリスは、並んで馬を歩かせているパルシファルの方へやや首を傾げて尋ねた。

「うん。夏至の前日の夜にさ、村の教会の前の広場で大きな篝火を焚くんだ。村人総出の、盛大な祭りだよ。若い男女が組になってその周りで踊ったりしてね、なんていうか、まあ、そういう意味合いもあるんだ。それにリンデが行きたがって・・・当然、両親は許さないだろ?で、叱られて拗ねちゃったんだよ」
「ふうん」
「きっと君に連れて行けって言うぞ」
「そんなことはしない」

クリスは即答した。

「だよな。でも祭りには行くだろう?賑やかで楽しいよ。気取らなくて、僕は王宮の舞踏会よりこっちの方が好きだな。それにほら、可愛い子が相手してくれるかもしれないし」
「・・・必要ない」

クリスは呟いたが、その声は小さくて、隣を行く友人には聞こえなかった。返事がないのでパルシファルは少し首を傾げたが、大して気には留めなかった。
 
 
 

ノルドでは慣例的に男子は16歳(女子は14歳)で成人であり、パルシファルもクリスに1年ほど遅れて騎士に叙任された。もちろんそれ以前にも長い見習い期間があり、場合によっては正規の職人―彼らの場合は騎士―と同じ仕事をすることもあるのだが、正式な任命まではあくまでも子供扱いだった。ただしクリスのように、何らかの事情で普通より早く大人の仲間入りをする者も中にはいた。

正式に騎士になった二人は、新人の常として、休む暇も無く様々な仕事に忙殺されていたが、パルシファルは父親の計らいで夏至の前後の1週間だけ館に戻っており、さらにパルシファルが父親に頼み込んで、クリスにもなんとか休みをとらせることができた。夏至の前日の太陽が天頂にさしかかる少し前、クリスと、途中まで迎えに来たパルシファルの目に、川辺に立つ優雅な館が見えてきた。手前の川岸には菩提樹が、遠目には黄色く見える小さな花をたくさんつけていた。クリスの心臓がどきりと鳴るのと、その木陰で待ちかねていた少女が立ち上がるのと、どちらが早かっただろうか。少女は、二人の姿を認めるなり転がるように走ってきて、そして予想された通りのやり取りがあった後、二人はその午後中、少女の姿を見かけなかった。
 
 
 

パルシファルとクリスが村に着いた時にはまだ日は沈みきっておらず、空は明るい黄金色に輝いていたが、石造りの古い教会―その尖塔の形からZwiebelkopf(玉葱頭)と呼ばれている―の前では既に焚火が赤々と炎を上げていた。パルシファルが言ったとおり、たくさんの村人達がその火の周りに集まり、大急ぎで祭りの準備の仕上げをしたり、大声で楽しげに喋ったりしていた。酒や食事も並べられ、待ち切れずに飲み始めている者、音慣らしのための軽い曲に乗って早くも踊り出している者達もいた。

「ああ、始まってるな」

うきうきとした様子のパルシファルを見てクリスは微笑んだ。クリス自身はこういう祭りにそれほど興味はなかったが、友達が楽しそうにしているのを見るのは嬉しかった。

「若様、火祭り見物ですか?」

馬を引いたまま少し離れて焚火を見ていた二人に声をかけたのは、パルシファルの邸の料理人見習いの少年だった。パルシファル達よりいくつか年下だが、人懐こくて愛嬌があり、二人ともよく話をしていた。

「せっかくですから踊っていかれたらどうです?今年は、一番踊りの上手かった組に、金の林檎が貰えるそうですよ。お父上様が祭りの祝いに下されたんです」
「ああそういえば、そんなこと言ってたな。僕達が貰うわけにはいかないけど、面白そうだね。ほら、『せっかくだから』クリスも参加しないかい?」

機嫌良く答えたパルシファルとその隣で渋い顔になったクリスを見て、少年は不思議そうに首を傾げた。

「あれ?お嬢様は御一緒じゃないんですか?」
「ああ、うん、リンデは留守番だよ」

パルシファルの答えに、少年は怪訝な顔になった。

「変だなあ・・・僕、ここに来る途中、森の前の橋のところでお嬢様にお会いして、その時お嬢様は、若様達と一緒に火祭りに行くからそこで待ってるんだっておっしゃってましたけど・・・」
「それはいつ頃だ?」

突然割って入ったクリスの険しい声に、少年はびくっと怯えつつも、まっすぐクリスを見返して答えた。

「えっと・・・僕の仕事が終わってからですから・・・お日様がてっぺんの半分よりちょっと傾いたくらいの頃です」

パルシファルとクリスは顔を見合わせた。一瞬の間の後、クリスが口を開いた。

「戻ろう」
「うん・・・その方がいいかな?連れてきてやらないとしょうがないね」

パルシファルが笑顔を引きつらせながら言うと、少年は口元から欠けた歯を見せて、にっこり笑った。

「そうしてあげて下さい」
「教えてくれてありがとう。君は楽しみなさい」
「はい」

焚火の方に駆けて行く少年の後ろ姿を見送り、さっさと踵を返したクリスを追いながらパルシファルは尋ねた。

「どう思う?僕らより前に森に入ったとしたら、先に着いてるか、どこか途中で行き会ってるはずだよね?」
「そうだな」
「・・・てことは、途中で道に迷ったのかな?」

クリスは答えなかった。道に迷ったなら、それだけでも不安な思いをしているだろう。もしかしたら、危険な場所に踏み込んだり、危ない動物に出合っているかもしれない。しかしそれよりもっと心配だったのは、良くない人間に出会う可能性だった。クリスは放浪の旅をしている間に、世の中には己の利益のために平気で他人を利用したり害したりする人間がいるということを、身に沁みて知っていた。人込みから離れたところで馬を引き寄せて鞍に跨り、クリスは早口で言った。

「君は一度、邸に戻って、リンデがいるかどうか確認してきてくれないか?僕は森の中を探してみる」

パルシファルも馬に乗りながら答えた。

「わかった。見つからなくても一度ここに戻ってくることにしようよ」
「ああ、そうする」

二人は速歩で駆け出した。


 

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