「見つかったのか?!」クリスの理性はなんとか欲望に打ち克ち、パルシファルが待っていることを思い出させた。リンデに自分のマントを羽織らせ、鞍の前に乗せて火祭りの広場に戻ってきたクリスに、パルシファルが走り寄ってきた。
「良かった・・・」
ずいぶん長い間リンデを探し回っていたような気がしていたが、実際にはそれほど時間は過ぎていなかったらしく、焚火はまだ高く炎を上げていて、人々は賑やかに騒いでいた。馬から降りてリンデを抱き下ろしながら、クリスはパルシファルに謝った。
「待たせて悪かったな」
「ううん、そうでもないよ」パルシファルは少し前に戻ってきたところだと言った。だが、邸にも途中の道にもリンデは見当たらず、気を揉みながらクリスを待っていたらしかった。
「こっちこそ、妹のせいで余計な手間をかけさせてごめん」
「・・・いや」パルシファルの馬の隣に自分の馬を繋ぎながら、クリスは俯きがちに答えた。
「ちゃんと謝ったか?リンデ」
叱る口調でパルシファルに言われて、それまで僅かに頬を赤らめつつ、黙って兄達の遣り取りを聞いていたリンデはびくりとした。
「えっ、うん。でも、ほんとにごめんなさい。お兄様にも心配かけちゃってごめんなさい」
「まったくお前は、いつも考えが足りない・・・」説教を始めたパルシファルに、リンデはしょげて首をすくめた。と、突然クリスが遮った。
「ちょっとリンデを借りてもいいか?せっかくだから踊りたい」
「えっ?ああ、うん、リンデが良ければ構わないけど・・・」リンデは顔を輝かせてクリスを見上げた。
「ほんと?」
クリスは無言のまま、無表情にリンデの手を取り、焚火の方へと導いた。踊る気がなさそうだったクリスが突然踊ると言い出したことに、パルシファルは首を捻ったが、すぐに自分の説教からリンデを助け出そうとしたのだろうと思い当たった。パルシファルは軽く肩をすくめたが、もともとあまり物事を気にしない性格なのですぐに気を取り直し、笑顔で踊りの輪へと近づいていった。
篝火に照らされて、夢見たままにクリスと踊っているのを不思議に感じる一方で、リンデはさっきの出来事も夢だったのではないかと思えてならなかった。あれは白い花が見せた幸せな夢の続きで、自分は単にクリスに起こされて、連れ戻されただけなのではないだろうか?それとも、もし現実だったとしても、クリスにとっては何の意味もないちょっとした戯れだったのかもしれない。自分にとっては息が止まるほど衝撃的で、そして重要な意味を持つ出来事だったけれど・・・でも・・・もし・・・もし彼が・・・
リンデは思い切って口を開いた。
「クリス、あの・・・」
無言で見つめ返すクリスにリンデは怯んだが、どうしてもこれだけは確かめたかった。
「さっきの・・・夢じゃない、よね?」
途端にクリスがかっと赤面して、リンデは、あれが現実だったと知った。
「・・・悪かった・・・」
すまなそうに謝られて、リンデは何故かがっかりした。クリスは後悔している・・・でも彼をそんな気持ちにさせてはいけない。彼と気まずくなりたくない。気にしなくていいと、自分は気にしていないと―本当は違うけど―伝えなくては。
「ううん。私、あんな風にされたの初めてだったからちょっとびっくりしたけど、でもクリスが私のことすごく心配してくれてた、って分かったし、私はちっとも・・・」
やけに明るくまくし立てたリンデの言葉はクリスに遮られた。
「僕も初めてだ」
「えっ?」リンデはまじまじと見つめ返し、クリスはますます赤くなった。
「いや・・・だったか?」
ぶんぶんと勢い良く頭を振りすぎてふらついたリンデを、クリスは腰に手を廻してしっかりと支えた。
「君を・・・やっと見つけたと思ったら、自分を抑えられなかった。驚かせて本当にすまなかった」
リンデの心臓は高鳴り、顔が熱く火照った。踊り過ぎたせいでも、焚火の炎のせいでもない。熱で潤んだように感じる瞳で問うようにじっと見上げると、クリスは慌てたように目を逸らして早口で言った。
「今夜は僕とだけ踊れ。僕から離れるなよ」
「・・・うん」クリスがリンデに視線を戻して一瞬嬉しそうに微笑み、やっとリンデは確信した。あの時クリスの瞳に感じたものが、幻でも偽りでもなかったことを。
金の林檎は、リンデが何度も辞退したにもかかわらず、領主の娘とその友人に贈られた。パルシファルも気に入った村娘と踊ったのだが、村長は息子より娘に贈った方が良かろうと―古来より林檎はまず女性が受け取るものなので―考えたらしかった。どうしても諦めない村長に困り果てていたリンデに、クリスが何事か耳打ちした。そこでリンデはやっと林檎を受け取り、それから改めて、一番上手に踊った組に与えた。金の林檎を手にして喜ぶ二人をリンデは嬉しそうに見つめ、そのリンデをクリスは見つめていた。