ひとつの心



 
リンデは、冷たい木枯らしの中、突然遠乗りに誘ってくれた兄を訝しく思いつつ、館に居たくない気持ちに押されて、兄の馬に乗った。しかし兄が冬木立の美しい湖を素通りし、古びた山小屋の前で馬を止めた時、リンデは兄の意図を理解した。普段は使われていないと思われる山小屋の前に、見覚えのある馬が繋がれていた。兄は無言のままリンデを降ろして軋む扉を開け、リンデの背中を押すようにして中に入れた。そこには予想したとおりの人が立っていた―逢うのが怖かった、でも逢いたくてたまらなかった人が。黒っぽい騎馬服に身を包んだその人は、リンデを見てぱっと顔を輝かせ、二人の方へ足早に歩み寄りながら兄に向かって言った。

「ありがとう、パルシファル。恩に着るよ」
「いや・・・」

パルシファルはきまり悪そうに目を逸らした。

「僕は外で待ってるから」

それだけ言ってすぐに出て行き、扉を閉めた。
 
 
 

「リンデ・・・」

クリスと顔を合わせられず、床に目を落として立ち尽くしていたリンデは、肩にクリスの手が触れたのを感じて、ぴくりと身を震わせた。

「ここを離れよう」

はっと顔を上げると、熱意の籠もった真剣な瞳と視線がぶつかった。

「もう他に手は無い。僕と一緒に逃げてくれ」

リンデは苦しげな表情で再び俯いた。

「リンデ・・・?」

クリスの声が不安げな響きを帯びた。

「ためらうのは分かる、でもこのままでは僕らは・・・」

顔を伏せたままのリンデの肩を掴む手が震えた。

「頼む、決心してくれ、僕は全てを捨てても君を守る、だからどうか僕と・・・」
「ダメ。できない」

リンデが俯いたままポツリと呟いた。

「な・・・」

クリスが信じられないという表情でリンデを見つめた。一瞬の間の後、クリスはリンデの両肩を強く掴んだ。

「何故だ?!このままだと僕らはお互いを失うことになるんだぞ。それでも君は構わないって言うのか?」

噛み付くように尋ねるクリスの勢いで肩を揺さぶられながら、リンデは悲しそうにクリスを見上げた。

「このまま永遠に離れ離れになってもいいと?」

震える声でクリスは詰問したが、リンデは目を逸らしてしまった。

「君は僕の・・・いや・・・僕は・・・君は・・・」

クリスの瞳が絶望に染まっていく。

「愛してなかったのか?!」

血を吐くような悲痛な叫びがクリスの喉を突いた。

「僕を捨てて、王妃の地位を取るのか?!」

あまりの非難にリンデは言葉も出ず、ただ呆然とクリスを見つめ返した。だがクリスはリンデの沈黙を別の意味に取った。震える手でリンデの肩をきつく掴み、黙って睨みつけていたが、やがて突き放すようにリンデの肩から手を離した。

「・・・わかった」

クリスの声は掠れ、尖っていた。

「好きにすればいい。二度と君を煩わせはしない」

リンデははっとして何か言いたげに唇を開いたが、クリスは既にリンデから顔を背けていた。

「もう、君の事など・・・想わない」

言い捨てるなり、クリスは身を翻して荒い足音と共に小屋から出て行き、リンデはその場に泣き崩れた。兄が来て、肩を抱くようにして館に連れ帰ってくれたが、リンデは何も見てはいなかった。


 

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