Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen 復讐の心は地獄のように 2



 
テルラムントはまず口をあんぐりと開け、それから怒りで顔を真っ赤にして喚いた。

「お前・・・お前が裏切ったのか!」
「陛下・・・」

招かれざる客人達を案内してきたパルシファルがやんわりとたしなめようとしたが、その前に強烈な威圧感を漂わせたアンリが割って入った。

「言葉を慎め。戦勝国の王に対して無礼だぞ」

テルラムントはアンリとクリスの顔を交互に見つめた。

「戦勝国?まさか・・・」
「そう。僕がオストラントの王、ローエングリンだ」

クリスが冷ややかな眼差しで言い放った。パルシファルを除くノルドの人々の顔に衝撃が走った。クリスはそっけなく続けた。

「そしてノルドを裏切ったというのは否定しない。和平を望んでたシディニアにノルドを叩き潰すよう奨めたのは僕だからな」

アンリが何か言いかけたが、クリスは手を少し上げて遮った。テルラムントは拳を握り締めて地団太を踏んだ。

「そうだ!昔からお前は気に入らなかった!お前が信用ならない奴だってことは分かってたんだ!お前は父上に取り入ってノルドを探っていたんだろう!そうか、地下通路のこともお前が洩らしたんだな?!」
「地下通路?なるほど、それで森しか無い北西側の城壁の外に兵を配置したのか」

アンリが顎に手を当ててうなずき、クリスは溜息をついた。

「彼は勘が良い。うっかりしたことを喋らない方が身のためだぞ」

聞き分けの無い子供を諭すようにテルラムントに釘をさしてから、表情を厳しくして告げた。

「それから偉大なるジークフリード王を侮辱するような発言も控えることだ。あの方は感情で判断を誤るような方ではなかった」

テルラムントはまだ何か言いつのろうとしていたが、さすがにパルシファル達に引き止められた。クリスは彼を無視して謁見室の中を見回した。大きな窓を通して明るい中庭からの反射光が入り、室内の見慣れた設いを照らし出している。玉座も昔と変わらずそこにあったが、さすがに今は空席になっていた。クリスはテルラムントに目を戻し、一つの質問を唇に上せた。ずっと心に懸かっていた―この部屋に入って来た瞬間から最も訊きたかった質問を。そうとは気づかれぬよう、慎重に、いかにもさりげない口調で。

「王妃はどこだ?」

気をつけたつもりだったのに、パルシファルがはっとクリスを見つめ―それは仕方が無いにしても―アンリまでが興味深そうな視線を向けたのを感じた。しかし、訊かれたテルラムントは一瞬ぽかんとして、質問の意味がわからないというようにクリスの顔をまじまじと見返した。

「王妃?」

今の今までその存在も忘れていたという様子だった。込み上げる怒りで本心を曝け出しそうになるのを何とか押し止め、クリスは苛立たしげに繰り返した。

「そうだ、どこにいる?我々を侮っているのか?何故こういう重要な場に王妃が同席せず、愛人ごときが我が物顔で王の隣に居座っているんだ?」
「なんですって?!」

あからさまに蔑まれたエリーザベトが憤慨して食って掛かろうとしたが、傍にいた彼女の兄に止められた。パルシファルが騒ぎを治めるように一歩前に出て静かに言った。

「王妃様は北の館におられる」
「北の館?!」

クリスの声が跳ね上がり、かつての親友に、掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。背後からアンリが落ち着いた声で尋ねた。

「なんだ?」

クリスははっとして僚友を振り返り、硬い声で途切れ途切れに答えた。

「北の館は・・・城の外れの方にある離れだ。ひと気の少ない林に囲まれてて・・・王族の静養の為に使われたりする・・・つまり、隔離部屋だ」

説明しながらクリスは、だんだん気分が悪くなってくるのを感じていた。彼女はずっと幸せに、満ち足りた暮らしをしているものと思っていた。そうでなければならなかった。そうでなければ、彼は何のために苦しみ、そして恨み続けてきたのか?―そう、彼は半身をもぎ奪られた痛みに悶え苦しみながら、彼を絶望に突き落とした全てのものを恨んできた・・・遂には、望みそのものである彼女までも。だがどれほど恨んでいたとしても、彼女がないがしろにされることは許せなかった。固く復讐を誓いながらも、彼女の不幸を願ったことなど一度も無かった事に気づかされ、彼は憮然とした。

クリスはぎゅっと唇を引き結び、一呼吸置いてから口を開いた。

「連れて来る。王国の譲渡の席に王妃が居留守を使うなどということは許されない」

敵味方の双方から不審げな、あるいは不満げな視線を浴びたが、クリスは頑とした態度を崩さなかった。

「手を貸すか?」

アンリが何か面白がっているように声を掛けた。

「一人で充分だ。城は完全に押さえたし・・・女一人に手こずりはしない」

クリスは首を振り、踵を返した。パルシファルがすっと近寄って部屋の扉まで付き添うふうを装い、小声で囁いた。

「クリス。リンデのためだったんだ」

しかしクリスは表情を硬くしたまま、返事もせずに足早に歩き去った。


 

 続き Fortsetzung

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