物語の終わり

 

 
  『僕は必ず大烏に打ち勝つ。そして全ての者達を守る』
 
 

二人の消えた空を見つめて心に誓った王子は、口々に王子を讃える人々を振り返った。王子は慈愛に満ちた穏やかな眼差しで人々を見渡したが、その陰に、打ちひしがれた様子で石畳に両手をついて座り込んだパルシファルを見つけ、きゅっと眉を寄せた。踵を返してゆっくりと近づき、静かにふぁきあの剣を差し出した。

「パルシファル」

パルシファルは王子の声に顔を上げて、差し出された剣に気づき、王子の顔を窺った。王子が頷くと、ひざまずいたままふぁきあの剣を両手で受け取り、胸の前に押し戴いて涙を落とした。

「私はあの子に何もしてやれませんでした。あの子の存在がどれほど私に喜びを与えてくれたか知れないのに・・・あの子の気持ちを知ろうとせず、命を懸けて忠誠を尽くすことだけを強いて、こんな風に死なせてしまった。この後悔は生涯消えないでしょう」

王子は痛ましそうにパルシファルを見つめた。周りに騎士達が集まってきたが、誰も慰めの言葉をかけることもできなかった。

「ただ父親と同じ運命を辿らせたくないと、それだけのために、私は・・・」

途端に王子が怪訝な表情になった。

「父親?」
「そうです。結局あの子に、両親の話をしてやることもできなかった。それが、心残りでなりません」

黙っていられなくなったあおとあが、王子の後ろから口を出す。

「どういうことです?ふぁきあの両親のことを御存知だったのですか?」
「・・・パルシファル?」

王子も尋ねる調子で呼んでパルシファルを見つめ、返事を待つ。しばしの沈黙の後、パルシファルは何かを決心した面持ちで再び顔を上げ、真っ直ぐ王子を見返した。

「王子。一度、私の館の方へお運び下さいませんか。そこで全てをお話します」
 
 
 

数日後。晴れた空のもと、爽やかな秋風が木々の葉をそよがせていた。遠駆けするには丁度良い日だったが、その二人にとっては―それぞれの理由で―たいした問題ではなかった。ゆるやかな丘陵地の狭間できらめく小川のほとりの館に到着し、空を舞うようにひらりと馬から降りた王子に続き、あおとあは危なっかしい動作でずるずると馬から滑り降りた。控えめに言っても乗馬は得意とは言えなかったが、騎馬の王子に馬車でついて行くわけにもいかなかった。朝早く城を出て、今はもう昼もかなりまわった頃。ふぁきあとならもっと早く着いただろうが、王子はそんなことはおくびにも出さなかった。すぐにパルシファルが出てきて、落ち着いた様子で二人を迎えた。少し遅れてハインリヒと共に姿を現したウルリケにも、王子は優しく声をかけたが、ウルリケは硬い表情のまま黙って膝を曲げ、型通りのお辞儀を返しただけだった。
 
 

ウルリケはあの時聖堂の中にいて、ふぁきあ達の最期は見ていなかった。その後、ふぁきあが死んで、プリンセス・チュチュと共に跡形もなく消えてしまったことを聞かされても、全く取り乱さず、泣き叫びもしなければ、気を失ったりもしなかった。ただぎゅっと唇を結び、気丈にも、自分で馬を走らせて館に帰った。ウルリケは毅然とした態度を崩さなかったが、それから誰とも一言も口をきかず、部屋に籠もりきりになった。心配してずっと付き添っていたハインリヒも、ウルリケの声を聞くことはおろか、表情の変化すら見ることはできなかった。それでもハインリヒはウルリケの傍を離れなかった。
 
 

一行を導いて館の中を進んでいたパルシファルが、館の東南の端にある部屋の前で立ち止まった。ウルリケが怪訝そうに眉をひそめたのを、ハインリヒは見逃さなかった。ハインリヒは、ウルリケの疑問を代弁するように、遠慮がちにパルシファルに尋ねた。

「ここは・・・亡くなった奥方様のお部屋では?誰も中にお入れにならないと聞きましたが・・・」
「そう、だが、今はもうその必要もなくなった。そして、ここで話さなければならない理由があるのです」

パルシファルは扉を開け、薄暗い部屋に進み入る。窓に近づき、大きく開けると、午後の光が差し込み、部屋の中が照らし出された。クリーム色の柔らかい色調の明るい部屋。もう10年以上使われていないのに、今でもまだ人が暮らしているかのよう。パルシファルが窓を開けたまま動かないので、王子達は部屋に入り、あおとあは王子を、ハインリヒはウルリケを椅子に座らせた。しばらく黙って窓からの眺めに見入っていた後、パルシファルは口を開いた。

「最初からお話しましょう。もう30年以上前のことです・・・」
 
 
 

「私は10歳になるかならずの頃、父に連れられて滞在していた王城で、初めて彼と会いました。そもそも彼は異国から流れてきた老騎士が連れていた子供で、その騎士の実の子供かどうかも定かではありませんでした。彼らがどういう理由で自国を離れてノルドに来たのかも、私は知りませんでした。私達はまだ子供でしたから、そういう事情はどうでも良かったのです。歳が近かったこともありますが、彼とはとても気が合うと感じ、私は彼とすぐ友達になりました。彼は思慮深く、思いやりがあり、それに勇敢だった。でも他の子供たちは、おそらく彼が異国から来たということで、彼を得体の知れないもののように見て敬遠していました。だから私達はお互いを一番の親友と思っていたと思います。少なくとも私はそうでした。・・・出会ってから数年後くらいでしたか、何度目かに彼をこの館に招いた時、修道院から戻ってきた妹と彼は出会ったのです。今でもはっきり覚えています。そこの川の畔でした。遠乗りから帰ってきた私達は、あの古い菩提樹の下で眠りこけている妹を見つけました。

「フェー(妖精)・・・?」

彼が微かに呟くのが耳に入り、私はつい吹き出してしまいました。

「妹だよ」

私達は馬を降りて妹に近づき、私は馬を彼に預けて、妹を揺り起こしました。

「起きろよ。こんなところで寝てると、花の蜜でベタベタになるぞ」
「ん・・・あ、お兄様。お帰りなさい」

目覚めた妹は、私の後ろにいる彼を見て不思議そうな顔になりました。

「彼はクリスチャン。クリスだよ」
「クリスチャン?変な名前」

子供の率直な感想だったのでしょうが、私は慌ててたしなめました。

「リンデ!失礼だぞ」

間を置かずに彼が口を開きました。

「リンデ(菩提樹)?そっちこそ変な名前だ」

彼がそんなふうに遠慮なく話すのは本当に珍しかったので、私は一瞬あっけにとられて彼を見つめ、その隙に妹が言い返していました。

「私の名前はフリーデリケ。リンデは愛称だもん」

なかば喧嘩腰で言い合っていながらも、彼と妹はまるでずっと前からの知り合いのように親しげで、その時私は少し・・・嫉妬というか・・・疎外感を感じました。私の友達なのに、と思ってね。ただ、後になってみれば分かるのです。二人は初めからお互いを特別だと感じていたのだと・・・ともかくそれからは、時々は三人で野遊びに出かけるようになりました。もっとも、彼を連れてきた騎士は早くに亡くなり、彼は十五になる前から騎士となって国王に・・・当時は王子に、仕えていたので、ほとんど城から離れることはありませんでしたが。それでも何かの折にはここに来て一緒に過ごしました。彼自身の騎士領はかなり遠かったので、信頼できる人に任せて、ほとんど行くことは無かったようです・・・そう、妹は、私が彼を連れて帰って来るのを心待ちにしていましたよ」

目を伏せがちに、パルシファルは優しく笑った。

「遠くまで連れて行ってもらえるから、と言ってね。妹はあまり乗馬が得意でなかったので、遠出をする時は私と彼とで代わる代わる乗せてやりました。向こうの丘の尾根の辺りに、木立の途切れている所があるでしょう?妹は、そこから見る景色が好きでした」

王子が何か言いかけて止めたのにあおとあは気づいた。何を言いかけたのかも分かるような気がしたが、口を挟むことは控えた。パルシファルは、秋の陽に穏やかに輝く丘陵地の風景に目を留めたまま、語り続けた。


 

 続き Fortsetzung

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