<親愛なるエルザ
 
突然こんな手紙を受け取って驚いたでしょ?ごめんなさい。私もずいぶん迷ったけど、エデルにこの手紙を託すことにしました。エデルのことは私もよく知らないけど、でも信頼できるってことだけは分かるの。いつも私達に親切にしてくれて、助けてくれたんです。だから大丈夫、この手紙の秘密は絶対守られます。
 
何から書けばいいのかわからないけど、そうだ、無事女の子が生まれたそうですね。おめでとう!お祝いを言うのがずいぶん遅くなっちゃってごめんなさい。エルザとお兄様の子供なら、きっと可愛いでしょうね。それで、実はその、私達にも子供が生まれました。それを報せたくてこの手紙を書いたの。男の子です。ふぁきあと名づけました。変な名前よね。でもクリスがそれがいいって。あっ、そうです、私はクリスと一緒です。・・・って、そんなことエルザは分かってますよね、私ってば何書いてるの?
 
それで、あの、そう、心配かけてすみませんでした。あの時は本当に迷惑かけちゃって、どんなに謝っても足りないです。しかもエルザはお腹に子供がいたのに。自分がそうなって初めて大変さが分かりました。早く出しちゃいたい、って何度も思ったけど、でもいざそうなっちゃうと、なんだかさびしい気がするの、不思議ね?でもやっぱり顔を見せてくれてとっても嬉しい。だってほんとに可愛いの。私はクリスにそっくりだと思ったんだけど、クリスは私似だって。私とクリスはちっとも似てないのに、そんなの変じゃない?
 
あ、えっと、今はその話じゃなくて、あの時、私の気持ちをエルザにだけは打ち明けられて、私はすごく救われました。そうでなかったら私、死んじゃってたかも。そしたら今の幸せもなかったと思うと、本当に、本当に感謝してます。クリスに一緒に逃げようって言われて、でも私にはそれができなくて、王妃の地位に目がくらんだのかって、もう私の事なんか想わないって言われて、死にたいって本気で思ってたから。でもエルザが言ったとおり、クリスは失望で自分を見失ってただけだったんだって。嫌われたわけじゃなかったの。もう一度戻って来てくれて、天にも昇るほど嬉しかった。
 
それであの事件のこと、クリスだけが悪者みたいに思われてるのが心苦しいの。襲われたのはほんとです、でも私は、自分でついていくことを選んだんです。でも、それもエルザには分かってたでしょうね。だって私がクリスを愛してるって知ってたんだもの。
 
クリスは私に断られて、一度あきらめたそうです。でもその時ちょうどエリーザベトが訪ねて来て、わざわざクリスに会いに来るなんてどういうことって思うけど、とにかく、荒れてるクリスを見て言ったそうです。バカだって。私が断ったのは本心じゃないって。どうして知ってたのか、どういうつもりでそんなこと言ったのかわからないけど、それでクリスは私を攫う決心をしたんだって。自分だけのことなら耐えるしかないけど、私に心を殺して生きるなんてしてほしくないと思ったそうです。あの日、エリーザベトが私を呼んだのも、変だなって思ったけど、そのためだったのかな?てことはエリーザベトにも感謝すべきなのよね?そういえばエリーザベトが王妃になったと聞きました。関係あるの?考えすぎ?
 
でも結局のところ全て丸く収まったわけで、クリスが言ったことは正しかったんだなぁって。彼は私に、あきらめないでくれって言ったの。私達があきらめなければならない理由など無い、そんなことしても誰も幸せにはなれないって。そして私を強奪して、罪は自分だけが負うから、お兄様達には迷惑かけないって。私は、クリスだけが罪人になるのはイヤだったけど、彼はそれが一番いいと言いました。自分には失うものは何も無いからって。えっと、その、私以外は。私に、本来ならしなくてすむ苦労をさせることになるだろうけど、それでもその方が私にとって幸せだとも言いました。私もそう思いました。だからついていくことにしました。あとは知っての通りです。
 
私達がその後どうして、今どこにいるかは、ごめんなさい、書けません。信用しないわけじゃないけど、知らないほうがいいと思うし。それからお兄様達には、この手紙のことは内緒にしててくれる?私達のこと知ってる人は、なるべく少ない方がいいから。それとなく、何か機会があったら、心配しないようにとだけ、言っておいてもらえると嬉しいです。エルザだけに負担をかけて悪いけど、でもエルザだけにはちゃんと報せて、安心してもらいたかったの。私達は今、幸せです。ずっとこのまま静かに暮らしていければと思ってます。エルザ、あなたが私達のために心をくだいてくれたことを忘れません。いつまでもお兄様とお幸せに。心から愛を込めて。
 
リンデ>


 
 

あおとあは読み終わると、静かにその手紙を再び巻き上げ、ベッドに座り込んでいたパルシファルに返した。取りとめのない語り口が誰かに似ていると思ったが、口にはしなかった。

パルシファルは受け取った手紙を握ったまま、その手を膝に乗せ、視線を落とした。

「私は二人を助けてやれませんでした。二人の気持ちを知っていたのに。私こそが、二人の力になってやるべきだったのに・・・」

めったに他人の気持ちを思いやったりすることのないあおとあだったが、ずきりと胸が痛み、顔を顰めた。パルシファルの後悔は、あおとあの後悔だった。

「そうすれば二人は死なずにすんだかもしれない。もし私が、自分のやるべきことをちゃんと果たしていたら・・・」

パルシファルは唇を噛んでしばらく俯いていた後、首を振って言葉を続けた。

「だからこそあの子だけは、どんなことをしても守ってやりたかった。王子に気に入られて、平穏な人生を送れるようにと願っていた。けれど、そのために私は、あの子に自分の気持ちを殺して生きることを強いて・・・そして、その結果・・・」
「ふぁきあは、ふぁきあ自身の意志に従って行動したんです」

あおとあは、つい、むきになって反駁した。それは自分を擁護するためのようにも思えたが、黙っていられなかった。

「パルシファル様に強いられたからでも、騎士としての責務に縛られていたのでもなく、ただ心から王子と・・・プリンセス・チュチュを守りたいと望んで」

誰にも止められなかった。そうとしか思えなかった。

「・・・やはり、そう、でしたか」

パルシファルが静かに呟き、全員がはっとパルシファルを見た。

「そうではないかと危惧していました。あの子の視線、言動はそれを示唆していた。でも私は気のせいだと自分に言い聞かせました。あの子はシディニアを毛嫌いしていましたから、万が一にもシディニアの姫に想いを寄せたりはしないだろうと。そうであってほしくないという気持ちが私の目を曇らせていたのですね」

パルシファルは僅かに声を震わせ、両手で顔を覆って俯いた。パルシファルがそんな様子を見せるのを、皆は―ウルリケでさえ、初めて見た。

「せっかく神が私に償いの機会を与えてくれたのに、私はみすみす逃してしまった。もう取り返しがつかない」

誰も何も言わなかった。どんな慰めもふさわしくなく、また必要でもないということを、そこにいる全員がよく分かっていた。長い沈黙の後、パルシファルは顔を上げ、静かな瞳で王子を見た。

「王子、こんなことを言うのをお許し下さい。私はあの子に言ってやるべきでした。たとえ王子に逆らっても、自分の気持ちを大切にしろと。自分達の想いを貫いた両親を誇りに思えと」

王子は黙ってパルシファルを見つめ返していた。

「あの子の力になってやりたかった。・・・もっともあの子は自分の心の内を、しかも王子に叛くような想いを抱いていることなど、決して私に打ち明けたりはしなかったでしょうが・・・あの子を信じてやれなかった私は、あの子に信頼されていなかったとしても仕方がない」

王子は立ち上がり、自嘲気味に顔を歪めたパルシファルに静かに歩み寄った。

「いいや、パルシファル」

パルシファルの肩にそっと手を置き、王子はゆっくりと言い含めるように語った。

「ふぁきあはパルシファルを尊敬していたよ。・・・ふぁきあは言っていた。パルシファルは勇敢で高潔な騎士だと。どんな状況でも決して激することがなく、誰に対しても公正で、困難な問題にも誠実に辛抱強く向き合い、解決の方法を見つけ出す強さを持っている、そんな人が自分の親になってくれて嬉しいと。パルシファルのようになりたいと、いつも言っていた。だからこそふぁきあは、パルシファルの教えを守り、期待に応えようとしたんじゃないかな。・・・ふぁきあは君を好きだったよ、パルシファル」

パルシファルはしばし呆然と王子を見つめ、そしてはらはらと涙をこぼした。

「ありがとうございます、王子」

それから僅かに微笑んだ。

「聴いていただけて、少し心が晴れました」
 
 

あおとあは無力な自分を歯がゆく感じていた。二人を助けられる可能性が一番有ったのは自分のはずだった。自分は、できる限りの努力をしたつもりだった。だが結局、思ったようにはならなかった。

何故ふぁきあは自分の勧めに従わなかったのか、分からない。プリンセス・チュチュに言えなかったのか、それとも、言ったけれども断られたのか。プリンセス・チュチュを得られる可能性があるなら、そしてそれで彼女を守れるなら、ふぁきあは必ずそうするだろうことには、疑いがなかった。プリンセス・チュチュが本心ではそれを望んでいたことも。何故二人はそうしなかったのか、ただ王子を裏切りたくなかっただけなのか、あるいは何か他に理由があったのか・・・いずれにせよ、彼らがそう決めた以上、あおとあには口出しできなかった。それに理由が分かったところで、おそらく、どうしてやることもできなかったに違いない。二人が出会ってしまった時、運命は決まっていたのかもしれない。そう思ってしまうほど、全てが強い力で、哀しい結末に向かって動いていた―まるで悲劇を紡ぎ出す糸車のように。しかし、あるいは、世界を変えられる力でもあれば、二人を救えたのかもしれないが。

(世界を変える力、か・・・)

それが何なのか、具体的な考えがあったわけではなかった。ただそれに対する幽かな憧憬に似た想いだけが、あおとあの心の底に刻まれた。
 
 
 

泊っていくようにとのパルシファルの勧めに応じて、王子とあおとあが案内されて行った後、ずっと押し黙ったまま話を聴いていたウルリケが立ち上がり、ハインリヒに肩を抱かれるようにして部屋を出た。ハインリヒはウルリケをじっと見ていたが、やがて穏やかな声でウルリケに語りかけた。

「彼は・・・愛されていたんだね」

ウルリケの肩がぴくりと震えた。

「君やパルシファル様だけでなく、友達にも・・・恋人にも・・・そして両親にも」

それからまたしばらく黙り、何度か口を開きかけてやめた後、ハインリヒは切り出した。

「いつか男の子が生まれたら、ローエングリンと名付けよう」

ウルリケの足が止まった。ハインリヒは、その肩をぎゅっと抱いて、真剣な表情でウルリケを覗き込む。

「その子供にも、その子供にも・・・そして、彼のことをずっと語り継がせよう。何百年も経って、僕達が時の流れの中に消えてしまっても、彼の記憶だけは生き続ける。一族の言い伝えとして、ずっと・・・」

ウルリケはハインリヒの服をぎゅっと掴み、胸に顔を埋めて大声で泣いた。久しぶりに聞く彼女の声を、ハインリヒは固く抱き締めた。
 
 
 

パルシファルは王子にも言わなかったことがあった。それは、今となっては言う必要も無いことであったので。パルシファルはもう、それを誰にも話す気はなかった。
 
 

王子達を送った後、パルシファルは自分の居室に戻り、机に歩み寄った。卓上には、王子から受け取ったふぁきあの剣が置かれていた。パルシファルはそれをそっと撫で、しばらく見つめていた。そしてその後、その剣は、かつてそれが隠されていた秘密の仕掛けの中に仕舞いこまれた。いずれ、その名と魂を受け継ぐ者に渡される時が来るまで。


 

 続き Fortsetzung

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