彷徨い人

 
「それでは、そなたらは素性も何も明らかにはできぬが、儂に庇護を求めると言うのだな」

玉座に腰掛けた銀髪の人物は、その絢爛豪華な椅子に相応しい貫禄と威風を備えていた。

「御意。出自を秘すは、既に捨て去りたる過去なればこそ。今は身を寄す国も無い身の上。類稀なる治世により、その名を轟かせられたるノルドのジークフリード国王陛下の栄えに与り、あまたの御家臣の末席に加えていただけますなら、これに優る喜びはございません。長らく漂泊の身なれば、かように哀れな様ではありますれども、その間の見聞にて陛下のお役に立つこともございましょう。どうぞ偉大にして寛容なる陛下の御慈悲を我等に賜りますよう」

ジークフリード陛下と呼ばれた貴人は、玉座から数段下がった石の床にかしずいた老騎士から、その隣に同様にひざまずいた少年に目を移した。重厚な毛皮の長衣を纏った王に対し、二人は古ぼけた薄いマントを羽織っただけの姿で、特に子供の方は、だぶだぶのマントが全く体の大きさに合っていなかった。

「子供。名はなんと言う。年は」
「クリスチャン。8才です」

年に似合わない大人びた表情の顔を上げ、少年は怖じけた様子も見せずはっきりと答えた。

「・・・なるほど」

この城の主―この国の主であったが―は、唇の端でニヤリと笑った。

「当たり障りの無い名だな。過日、謀反のために幼くして命を落としたオストラントの王子も、生きておればそなたくらいになっていたであろうか」

老騎士は傍目にはそれと分からぬほど微かに身を硬くしたが、なんとも返事をしなかった。ジークフリード王は銀色の豊かな顎鬚に手を当てて身を乗り出し、更に少年に尋ねた。

「そなたは、そなたの父・・・かどうかは知らぬが、その者とは違い、この先いかようにも生きられる長い未来がある。それを儂とこの国に捧げて、終生、どんな命令にもあやまたず従うことができるか?」
「分かりません」

きっぱりと答えた少年の言葉に、周りを囲んでいた群臣達から非難めいたどよめきが上がった。けれど少年はそれを気に留めるふうもなく、玉座の人物を真っ直ぐ見上げていた。

「僕は、僕が正しいと思うことをするつもりです」

王は破顔一笑し、膝を打った。

「よかろう、そなたらを召し抱える。老騎士よ、そなたは今後、儂の騎士として働くがよい。この国は宿敵との長い争いを抱えておるのでな、知識と智慧を貸してもらおう。それから子供、クリスチャンとやら」

相変わらずしっかりと顔を上げて自分を見つめている少年に、国王は笑みを向けた。

「そなたには、儂の12才になる王子テルラムントに仕えてもらう。但し、王子の従者としてではなく、儂の直属の家臣としてだ。従って、王子が何か命じても、それを正しいと思わなければ従う必要は無い。そなたは、そなたが正しいと思うようにせよ」
「はい」

明快に頷く少年を満足気に見やって、ジークフリード王は椅子にゆったりと背を預けた。

「丁度良かった、宰相の息子だけでは心もとないと思っておったのだ。あれは気質の安定した賢い子だが、王子が過ちを犯しても強く諌めることはできぬのでな。王子には、苦言をも辞さぬ真の友人が必要だ」

国王は自分の言葉に頷いた。


 

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