春萌える湖

 
パルシファルとリンデの兄妹は、大貴族の子弟らしく、おおらかな性格だった。ただパルシファルの方はそのおおらかさが『おっとり』という方向に向いていたのに対し、リンデの場合は、どちらかというと『おおざっぱ』と言うべき性質として表れていた。そういう意味でも、この二人はクリスチャン―友人達の間ではクリスと呼ばれていた―にとって、目を離すことのできない存在だった。
 
 

リンデと出逢って以来、パルシファルの家を訪ねることに心が浮き立つのをクリスは自覚していた。その日も、春の太陽が待ちかねたようにキスを投げかける中、三人は近くの湖まで馬で出かけていた。と言ってもリンデはまだ一人で乗れなかったので、兄達に乗せて来てもらったのだが。13、4の子供にとって馬はかなり大きかったが、クリスもパルシファルも既に難なく乗りこなせるようになっていた。
 
 

岸から少し離れた大き目の石の上に座り込み、咲き乱れる小さな花に囲まれて、リンデは目を丸くして兄達の話を聞いていた。さっき、ぬかるんだ浜に無造作に走り寄ろうとして、クリスに襟首を子猫のように掴まれ、頬を膨らませたことは忘れていた。

「じゃあクリスは泳げるの?」

浜の脇の岩場から水の上に低く張り出した林檎の樹の枝に腰掛けて、湖に釣り糸を垂れながら、パルシファルは答えた。

「ただ泳げるってだけじゃない、すごくうまいんだぞ。この間だって・・・」
「やめろよ、パルシファル。つまらない話だ」

まるで自分のことのように自慢そうに言いかけたパルシファルを、水際に立って枝に凭れていたクリスが即座に遮った。

「つまらなくなんかないよ」

珍しく少し興奮気味にクリスに抗議し、パルシファルは、再び遮られる前にと、急いでリンデに向き直った。枝が僅かに揺れて白い花びらが数枚水の上に散り、身を乗り出そうとしていたパルシファルの服を、クリスが横から素早く腕を延ばして掴んだ。

「ヴォルフラムを知ってるだろ?ほら、お前の友達のエリ−ザベトとマルガレーテの兄さんの」

妹のマルガレーテの方はともかく、姉のエリ−ザベトのことを友達と呼べるのだろうかと、リンデは少し顔を顰めた。

「知ってる」

だが、パルシファルは話に夢中で気づいていなかった。

「この間、王子と一緒に皆で川遊びに行ったんだけど、雪解け水で水量が増えてて、瀬のところで舟がすごく揺れたんだ。そしたらヴォルフラムがびっくりして立ち上がっちゃったもんだから、余計舟が傾いて、バランスを崩したヴォルフラムが落ちたんだよ。でも、クリスがすぐに飛び込んで助けたのさ」
「ヴォルフラムは泳げないし、僕は泳げるんだから当然だろ」
「いや、流れの速い場所だったし、即座に飛び込むなんてなかなかできないよ。しかも暴れてるヴォルフラムをあんなに軽々と岸まで運んで引っ張り上げるなんて」
「もういいだろ。リンデには関係ないんだし」

クリスはいかにもどうでもいいという口ぶりで話を断ち切ろうとした。しかしリンデはぱっと立ち上がると、大きな目を見開いて聞いてきた。

「じゃあ、もし私が溺れたら助けてくれる?」
「溺れるようなことをするな」

クリスはにべもなく言ったがリンデは引き下がらなかった。岸辺を回ってクリスに走り寄り、岩場に足を取られて転びかけ、クリスは慌てて腕を差し出した。リンデは危ういところでその腕の中に倒れこみ、クリスを見上げながらなおも尋ねた。

「もしも。もし、溺れたら?」

両腕を掴まれて真っ直ぐに顔を覗き込まれ、クリスはうっと言葉に詰まった。柔らかな前髪がそよ風に吹き上げられて揺れ動くさまに、妙に胸がざわめいた。

「・・・ああ」

リンデを避けるように顔を逸らし、渋々という声音でクリスは答えたが、リンデはぱあっと顔を輝かせた。

「うれしい!ありがと!!」

そして掴んだ腕を引き寄せてぎゅっと抱き締めた。

「クリスと一緒なら安心だね」
「バカ」

クリスは無邪気に笑うリンデをちらっと見て呟いた。その頬は僅かに赤く染まっていたが、陽に灼けて浅黒い肌の色のため、パルシファルもリンデも気がつかなかった。


 

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