欲望の目覚め 〜Gayaneh : Ayshe's awakening and dance〜
 
ノルド王家の紋章の付いた重厚な門をくぐり、高い壁の間を少し進むと、広い前庭といくつかの建物から成る立派な邸が目に入り、あひるは、懐かしい二人の姿を正面建物の入り口前に見つけ、馬上から手を振りました。

「あんぬ!まりい!」

駆け寄ってくる二人の後ろから、他の人々も集まって来ました。両手を伸ばしてふぁきあの首にしがみつくように降りてくるあひるを、ふぁきあはしっかり抱き止めて、そっと地面に下ろしました。しかし、その様子を見ていたあおとあは眉をひそめました。

「チュチュ様!御無事でしたか!心配しましたよ」
「そうそう、どんなドジをやらかしてらっしゃるのを見逃したかと思うと心配で心配で・・・」

まりいにぎゅうぎゅうと抱き締められながらあひるは言いました。

「うう・・・そんなひどいことはしてないと思う・・・よね、ふぁきあ?」
「さあな」

ふぁきあは笑いを含んだ表情で答えました。その間もあおとあは、探る様な眼差しをふぁきあに向けていました。

「とにかく着替えて、少し休んで下さい。その後で食事にしましょう」

あひる達が建物の中に消えてしまうまで見送り、馬を牽いて歩き出したふぁきあを、あおとあが厳しい声で呼び止めました。

「隠し通せるつもりでいるのか?」
「なんの話だ」

ふぁきあはむっとした表情を向けましたが、あおとあは頓着しませんでした。

「僕の目をごまかせると思うな、ふぁきあ。僕の観察眼は王子にも認められている。だからこそ僕を重く用いておられるんだからな」

もったいぶって語るあおとあに、ふぁきあはいらいらと尋ねました。

「なんの話だと訊いている」
「君のプリンセス・チュチュへの感情のことだよ」

いきなり核心を衝かれてふぁきあは身を硬くしました。

「ふぁきあ、どうするつもりか知らないが、彼女に特別な感情を抱いたところで・・・」
「別に、どうするつもりもない」

ふぁきあはぶっきらぼうに話を断ち切ろうとしましたが、あおとあはそれを許しませんでした。

「そもそも君達は親を殺された敵同士だろう。プリンセスが王子と結婚するのは和平のための極めて政治的なもので、むしろ心の底の憎しみの上に成り立っているものだ」
「あいつは憎しみを乗り越えると言った」
「そうかい?しかし肉親を殺された恨みは別だ、そう簡単に忘れられるものではない。違うか?」
「・・・」

言葉を返せないふぁきあに、あおとあは冷淡に言い放ちました。

「なんなら僕が彼女に話してもいいんだぞ。彼女の父親を殺したのは君だと」
「っ!」

ぎゅっと掴み上げられた襟元に怯むこともなく、あおとあはふぁきあを見返しました。

「手を離してくれたまえ」

ふぁきあがあおとあを睨みつけたまま動こうとしないので、あおとあは一つ溜息をついて譲歩しました。

「・・・分かった、言わない。今はな。しかし、いずれは知れることだ。例え彼女が王子の婚約者でなかったとしても、君を選ぶことは決してないだろう」
「そんなことは分かってる!」

あおとあを突き放しながら叫ぶふぁきあに、あおとあは冷たく宣告しました。

「なら、彼女のことは諦めろ・・・永久にだ」

ふぁきあはただ唇を噛んで目を逸らしました。
 
 
 

遅くなってしまった夕食を運びながら、あんぬとまりいはお喋りに興じていました。

「ねぇねぇ、チュチュ様とふぁきあ様っていい感じじゃなぁい?」
「えっ、そお?」

まりいに言われてもあんぬにはピンときませんでした。

「そうよお。特にふぁきあ様がチュチュ様を見るまなざしっていったら、そりゃもう大事そうにっていうか」
「そりゃあ護衛なんだから当然なんじゃないの」

納得しない様子のあんぬに、まりいは企み顔でふふっと笑って言いました。

「違うわね。見てなさい、本音を吐かせてみせるから」
「あのふぁきあ様に?どうやって?」

まりいはどこから取り出したのか、小さな青いガラス瓶をあんぬに見せました。

「ふっふっふっ、この媚薬をふぁきあ様に飲ませればイチコロよ」
「それは嵌めるって言うんじゃ・・・てゆーか、何よ、その媚薬って」
「先祖代々受け継いだ、心解き放つ愛の薬よ。満月だったら効果満点だったんだけど」
「そうじゃなくって、お二人がうまくいっちゃったらまずいじゃない。チュチュ様は王子様と結婚するって決まってるんだから」
「あらぁ、だってステキな恋の一つも経験せずに結婚しちゃうなんてつまらないじゃない?だぁいじょうぶよぉ、私達が陰で偶然見張ってて、一線を越えそうになったら偶然止めに入ればいいんだから」
「ってアンタ・・・あっ、やめなさいって」

まりいが杯にその液体を垂らそうとするのを、あんぬは慌てて阻止しようとしました。その時突然あんぬの背後から声が掛けられました。

「何を騒いでいる」

驚いて声の方を振り返ると、あおとあが二人を睨んでいました。

「早くしてくれないか」
「あっ、はい」
「今すぐお持ちしまぁす」

その隙にまりいは薬を垂らし、あんぬが止める間も無くふぁきあの席へと運んで行ってしまいました。
 
 
 

会話が噛み合っていないことを除けば、食事は滞りなく進んでいました。あおとあは以前と同じように、ひっきりなしに訊かれたことも訊かれてないことも喋っていましたが、ふぁきあは一言も口を開こうとしませんでした。あひるは急に態度の変わったふぁきあに困惑して、ふぁきあの顔をちらちらと伺いながら、あおとあの話に合わせていました。何度かふぁきあに話しかけようとはしたのですが、その度にじろりと睨み返されて口を噤みました。そんなあひる達のぎくしゃくした様子を部屋の隅に控えて伺いながら、あんぬとまりいは小声で話していました。

「あらぁ?効かないわねぇ」
「それどころか、ふぁきあ様の機嫌がどんどん悪くなってるじゃん!どうすんのよ」
「そうねぇ、どうしようもないんじゃない?失敗したのは残念だけど、じきに効果も切れるし」
「ああもう、全く・・・チュチュ様に謝んないと・・・」
 
 
 

気まずい食事が終わると、ふぁきあはさっさと自分に宛がわれた部屋へと引き上げました。確かにふぁきあは不機嫌になっていました。これまでは抑えることができていた想いが、今にも体を突き破って迸り出てきそうで、全く余裕が無くなっていました。

(くそっ、あおとあがあんな事言うからだ・・・!)
 
 
 

一方あひるは、侍女たちに就寝の支度を整えてもらいながらも、未だにふぁきあの態度が引っ掛かっていました。あんぬが何か言いたげにしていましたが、他の侍女たちを憚ったのか、特に何かを言い出すことはせず、あひるもふぁきあのことに気をとられていたので何も尋ねませんでした。

(ふぁきあ、なんか変だったなぁ)

具合でも悪いのだろうかと気になり、あひるは、侍女達が下がった後、こっそり部屋を抜け出しました。もう夜も更けていて、あまり音を立てたくなかったので、あひるは黙ってふぁきあの部屋の扉を小さく叩きました。ふぁきあは起きていたらしく、あまり待たされることも無く扉は開かれました。
 
 
 

「・・・っ!」

あおとあがまた何か言いに来たものと思って不機嫌な顔で扉を開けたふぁきあは、そこに立っていた人を見て、反射的に扉を閉めようとしました。けれどあひるは、扉が閉まりきる前になんとか体を半分割り込ませました。その手がふぁきあの腕に触れそうになって、ふぁきあはびくっと身を引き、その隙にあひるは部屋に滑り込みました。素早くふぁきあの袖を掴み、あひるはふぁきあの硬い表情を見上げました。

「ふぁきあ?さっきなんか様子が変だった気がしたんだけど・・・もしかしてどっか具合悪いんじゃない?」
「・・・なんでもない」

ふぁきあは顔を逸らして素っ気無く答えましたが、あひるはなおも心配気に覗き込んできました。あひるの青く澄んだ瞳を間近に見て、ふぁきあは衝撃に全身を貫かれ、痺れたように動けなくなってしまいました。

「ね、ほんとに大丈夫?熱でもあるんじゃ・・・」

額にあひるの小さく柔らかな手が触れた途端、ふぁきあの抑制は吹き飛びました。いきなり細い手首を掴んでぐいと引き寄せ、バランスを崩して倒れかかった華奢な体を、ふぁきあは自分の胸で受け止め、強く抱き締めました。

「あひる・・・!」

体を支配する衝動のままに、ふぁきあは口走っていました。

「・・・あひる、好きだ・・・!」
「えっ・・・?!」
 
 
 

ふぁきあは左腕であひるを抱え込んだまま、素早く右手を伸ばして扉を閉め、返す手であひるの顎を捕らえました。そして指先で愛しげに唇をなぞり、そっと唇を重ねました。ふぁきあの瞳が奥底で炎を揺らめかせながら近づいてくるのを、あひるはただ呆然と見つめ返していました。いつもと違うふぁきあが急に怖くなって思わず目を閉じたあひるは、優しく触れ合った唇に痺れるような感覚を覚え、背筋に震えが走りました。あひるの両手はふぁきあを押し返そうとしていましたが、ふぁきあは全く意に介していないようでした。何度も繰り返されるキスに、あひるは次第に朦朧となり、体の力が抜けてふぁきあの腕に凭れかかりました。ふぁきあはあひるの変化を感じ取ると、顎に添えていた手を首の後ろに廻して頭を支え、より深く口づけました。

「あひる・・・」

ふぁきあの声をどこか遠くに感じながら、あひるはふぁきあに対して、今までとは違う気持ちを抱いていました。それはあひるが初めて感じる気持ち―ただ温かく心安らかなだけでなく、胸がざわめくような気持ちでした。

「・・・ふぁきあ・・・」
 
 
 

息苦しそうに浅く呼吸しながらふぁきあを呼ぶ、少し掠れた声に、ふぁきあの熱情は一層煽られました。唇で触れる場所を、柔らかな唇から、華奢な顎の線を辿って耳元へ、そして首筋へと移動しながら、ふぁきあはあひるの細い体を薄い夜着の上から弄りました。
 
 
 

「・・・あ・・・」

あひるは思わず体をのけ反らせ、声を漏らしました。その動きに誘われるようにふぁきあの手があひるの胸元を広げ、肌をなぞるようにペンダントの鎖に指を絡めたのが分かりましたが、全く抵抗できませんでした。胸元に灼け付く様な熱を感じて反射的に身を引いたあひるは、扉の脇に置かれた台に勢いよくぶつかり、大きな音を立てて水差しが倒れました。一瞬の内にあひるは自分達の姿を認識し、恥ずかしさのあまり消えてしまいたい思いに駆られました。ぶつかったはずみで少し緩んだふぁきあの腕をすり抜け、あひるは扉を開けて飛び出しました。


 
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