ノルド 〜Finlandia〜
 
ノルドの王子ジークフリードはもともと争いごとが好きではない人だったので、婚姻の申し出を快く承諾しました。王子にはローエングリンという幼馴染で腹心の騎士がいました。彼は幼い頃戦争で両親を失い、彷徨っていたところを王子に助けられ、宰相のパルシファルの養子となったという生い立ちの持ち主でした。見つけられた時には記憶を失っていたためローエングリンと名付けられた彼を、王子はとても気に入り、いつも傍においていました。

大きくなった王子達は、ある時遠征の途中で、最初に出会った町に立ち寄ることがあり、その時ローエングリンは記憶を取り戻しました。自分の本当の名がふぁきあであることも。そうして王子はローエングリンのことをふぁきあと呼ぶようになりました。しかし王子はその理由を誰にも言わなかったので、皆は何故王子がそう呼ぶのか分かりませんでした。それでもいつのまにか誰もが王子に合わせて「ふぁきあ」と呼ぶようになっていました。
 
 
 

和平申し入れの使者が去った後、自室に戻ろうとする王子をふぁきあが硬い声で呼び止めました。

「王子、ちょっと話が・・・」

振り返った王子は微笑を浮かべて小首を傾げました。

「何?ふぁきあ」

ふぁきあは少しためらった後、言葉を続けました。

「シディニアの姫を迎えるなんて、本気なのか?」
「うん」
「王子!」

ふぁきあは強い口調で詰め寄りました。

「奴らを信用するのか?どうせこの休戦だって時間稼ぎに過ぎない。兵力を蓄えたらまた攻めてくるぞ!」
「たぶんね。でも数年でも休戦できれば、兵士達は故郷に帰って家族に会うことも出来るし、元の仕事に戻ることもできる。そうして社会が滞り無く動くようになれば、人々の暮らしも満ち足りたものになるだろう。国の発展というのは、本来そういうものなんだ」
「だが・・・」
「戦いには備える。でも、戦わなくて済むように手を打つのも戦略だよ」

ふぁきあは言い返せず、黙り込みました。

「それでね、ふぁきあ。迎えの使者には僕の侍従長のあおとあを送ろうと思うんだが、君には姫の護衛を頼みたい」
「どうして俺が?!俺は王子の近衛だろう」

ふぁきあは驚いて拒否しました。

「休戦中とはいえ、敵国に行くわけだから、誰でもというわけにはいかないだろう?それに、どうもこの和平を快く思わない人たちがいるらしくてね・・・信頼できる人についていて欲しいんだ」
「だからってどうして俺が・・・」

顔を背けてふぁきあはなおも抵抗しました。

「ふぁきあ」

ふいに王子は声を落とし、真剣な表情になりました。

「図書の者が言っていた。大烏が動き出したと」

ふぁきあは驚いて振り向きました。

「・・・あの、伝説の魔物が?・・・」
「そう、人々の心に取り憑き、世界を脅かす魔物だ」
「なら尚更お前の傍で・・・」

心配気な顔になってふぁきあはいいましたが、王子はきっぱりと答えました。

「いいや、世界は繋がってるんだ、ふぁきあ。大烏はどこに現れるか分からないし、そこがどこでも僕達は闘わなきゃいけない、それが僕達の国と国民を守ることに繋がるからね。君は大烏の存在を知っているし、強い心を持っている。この和平がうまく進むように手伝って欲しいんだ」

ふぁきあは従わざるをえませんでした。

「・・・分かった」
「くれぐれも気をつけて。待っているよ」

王子は笑顔になり、まだ何か言いたげなふぁきあの肩を叩きました。
 
 
 

自分の執務室に戻った王子が窓から明るい中庭を眺めていると、同じ年頃の神経質そうな少年が入ってきて声をかけました。

「お呼びになりましたか、王子」
「ああ、あおとあ」

王子は振り返って微笑みました。

「シディニアへの出迎えの件だけど、君とふぁきあに行ってもらおうと思うんだ。あと何人か供をつけるが」
「・・・ふぁきあと?」

あおとあは細い眉をひそめました。

「僕が行くのは構いませんが、ふぁきあをやるのはどうかと。ふぁきあは実の両親をシディニアの兵に殺されて、あの国に強い敵意を持っているのを御存知でしょう。しかもふぁきあは、プリンセス・チュチュの父を討った本人ではありませんか」

しかし王子は静かに首を振りました。

「いいや、あおとあ。二つの国が長く争ってきた以上、共に生きようとすれば敵同士が顔を合わせる事は避けられない。僕達はこういう心の壁を一つ一つ乗り越えていかなければならないんだ」
「そうかも知れませんが・・・」
「ふぁきあにも、プリンセス・チュチュにも、僕の近くで理想の実現に協力してもらわなければならない。大丈夫、きっとうまくいくよ」

あおとあは溜息をついて、承諾しました。


 
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