汗と共に緩やかに興奮が引いていく中、彼はこれまでになく長く続く余韻に酔い痴れていた。暖炉の火はもう消えていたが、体はまだ夢見心地の温もりに包まれている。ふと腕に閉じ込めた彼女がくすぐったそうに彼の胸毛を鼻先でもてあそんでいるのに気がつき、彼は名残を惜しみながらも腕を解いた。片手をすべらせてなめらかな脇からほっそりした太腿を撫で下ろし、絡みついた脚を持ち上げながら腰を引き、同時にそっと横向きになって、彼女を隣に下ろす。粘性の高い液体の感触と共に結び目がほどけ、混ざり合った体液の独特な香りが漂う。長い黒髪がさらりと腹の上を流れ落ちて、背筋がぞくぞくした。彼女がふっと洩らした溜息が、なんとなく残念そうに聞こえたのは、自分の願望だろうか?そっと目を凝らして小さな顔をのぞき込むと、潤んだ輝きを帯びた瞳が、半分瞑りかけた瞼の下からうっとりと彼を見つめ返してきた。手の中の滑らかな肌はまだしっとりと熱く、薔薇色に上気したままだと分かる。急にまた脈拍が速くなってきたのを感じながら彼女の頬に片手をやり、言葉を探した。

「ええと・・・その・・・よかったか?」

バカか俺は!大切な女と初めて愛し合って、第一声がそれか?いくらあんな、魂まで持ってかれるようなすごい経験をしたのが初めてだったからって―そのせいでまだ頭がくらくらしてるからって、これじゃまるでヤることしか頭に無いみたいじゃねぇか!

けれど彼女はたじろいだ様子もなく、花がほころぶように優しく温かな笑みを浮かべた。

「はい、とても」

いつもの涼やかな声に、さっきまでの悩ましいよがり声と同じくらい欲情してしまうのはどうしてなのだろう?再び腹の下が疼き始めたのに気づいて、もぞもぞと落ち着きなく体をずらし―とは言っても彼の巨体がベッドから落ちないためには、物欲しげに頭をもたげた部分が彼女に触れないようにするのが精一杯だったが―火照った顔をそむけ、咳払いした。

「そうか。よかった」

彼女が軽やかに声をたてて笑った。

ああ、この笑顔が見れるなら、どんだけ苦心しようが、恥をかこうが、かまうものか。この笑顔を守り抜いてみせる。なんとしても。

眩しい笑顔に陶酔しきっていた彼はうっかり彼女の質問を聞き逃すところだった。

「ザックスは?どうでしたか?」
「・・・えっ?俺?」

今までそんなことを訊いてきた女はいなかったので、彼は面喰らった。だいたいにおいて男が満足したかどうかというのは女に比べて分かりやすいはずだし、それに女というものは、自分の要求さえ満たされればそれ以外のことは気にしないものだと思っていた。少なくとも今までの女はそうだった。だが彼女は違うらしい・・・期待を込めて彼の返事を待っているのが分かる。何て答えればいい?正直に答えるのか?ガキみたいに興奮して、危うくコトの手前でイっちまいそうだったって?あんだけ彼女のことを優先しようと固く決心してたくせに、あっさり快感に呑まれて我を忘れちまったって?

「俺は・・・その・・・・・・俺も、よかった」
「・・・・・・そう」

くそっ、しまった。彼女は明らかにがっかりしてる・・・素っ気なさ過ぎて、心が籠もってないように聞こえたのか?それとも妙にためらっちまったせいで疑いを招いたのか?

「ほんとだ。最高だった。こんなセックスは初めて・・・いや、つまり、こんなふうになるなんて思ってもみなかった。追い詰められて、どうしようもなくて、けど天にも昇る心地で・・・今もまだ天国にいるような気がする」

慌てて言葉を連ねて取り繕う彼を、彼女が上目遣いに窺う。頼りなげな肩を包む手に力を籠めた。

「ほんとに天国にいるのかもしれねぇな・・・あんまり気持ち良くて、息が止まっちまうんじゃねぇかって思ったから・・・お前以外なんにも見えなくなって、ただ夢中で・・・そうだ、お前、大丈夫だったか?俺、途中から頭が真っ白になっちまって、全然気を遣ってやれなくて・・・」

小さな顔に微笑が戻り、緩やかに頭が振られるのを、彼はほっとして眺めた。

「大丈夫。とても素晴らしかったです。・・・でも、あなたにとっては、それほどじゃなかったかと、思いました。私はあまり良い相手じゃなかったと」
「そんなことねぇ、絶対に!」

びっくりして思わず語気が強くなった。

「お前は最高だ!その、セックスの相手として、って意味じゃなくて、いやもちろん、それももの凄くよかったけどな、それだけじゃなくてお前は・・・気立ても良くて、頭も良くて・・・幻みてぇにきれいで・・・とにかく申し分のねぇ女だよ。いや、俺なんかにはもったいねぇくらいのいい女だ。男が望める最高の妻だ」

白い頬が闇の中でも分かるくらいに赤く染まるのを見て、喜びと愛しさで胸がふくらんだ。手を緩め、肩から腕への優美な曲線に沿って、慈しむようにそっと撫でる。

「俺はただの田舎の靴屋で、気の効いたことの一つも言えねぇ粗野な男だが、でもお前を、すごく大切に思ってる。世界中の誰よりも幸せにしてやりてぇ」

体の底から湧き上がる熱意を込め、華奢な体を抱き寄せた。彼女は決してやせっぽちではなかったが―それは先刻しっかり確かめたが―それでも彼の太くごつごつした腕の中に人形のように他愛なく納まる体は、小さく、細く、頼りなく思われた。

「ここで・・・ノルドで暮らすのは、お前にとって不安なこともあるだろう。けど、お前は何も心配しなくていいんだ。何があっても、俺がお前を守ってやる」

あのことについてはこれまで一度も二人の間で会話にのぼったことは無かった。だが、今、これを言わなければ、いったいいつ言うんだ?彼は彼女への強い想いに急かされ、後先考えずに口にしていた。

「過去に何があったにしろお前には何の罪もねぇし、お前の心はまっさらで何の嘘偽りもねぇ。何も恥じたり、引け目を感じたりすることはねぇんだ。きっと俺達はここで幸せになれる。たとえお前の過去が・・・」
 
 
 

熱くなっていた彼は、彼女の様子が変わっていたことに気づかなかった。急に腕の中からすり抜けた彼女に驚き、ベッドに手をついて身を起こそうとした彼女の細い手首を、とっさに強く掴んだ。

「どうした?どこへ行く?」

つい声に不安が滲み、彼は心の中で舌打ちして顔をしかめた。

情けねぇ。えらそうなことをほざいてたくせに、これくらいで動揺するなんて。

「その・・・お前がノルドの人間を憎んでるのは分かる。何もかも、元はと言えばノルドのせいだしな・・・それはそう簡単に忘れられねぇだろうし・・・その上、俺のせいで向こうへ帰れなくなっちまったんだ。そのことはどんなに謝っても足りねぇ。赦してくれとは言わねぇが・・・」
「・・・違います・・・」

かすかに細い声が返った。彼女の表情は闇に沈み、ほんのわずかしか離れていないはずなのに―手を伸ばせばすぐ抱き締められるくらい近くにいるはずなのに、よく見えない。

「私、やっぱり、あなたに言わないといけません」

彼女の口調に不吉なものを感じて彼は眉をひそめ、わずかに身構えた。彼女は何度か唇を開きかけては閉じ、しばらくしてやっと言葉を形作った。

「私のせいです・・・襲われたのは」

思わず跳ね起きた。

「バカ言うな!絶対そんなことねぇ!」

彼が急に動いたせいでのけぞるように倒れかけた細い肩を、腕を伸ばして引き止め、浴びせ掛けるように怒鳴った。

「国境近くで暮らしてりゃ、こんなのはよくあることだって知ってるだろ?敵地の女を手篭めにするなんてのは、なにもノルド兵だけじゃねぇ、シディニア兵だって同じだ。何の罪も無ぇ女子供を・・・」

彼女がさっと体を固くしたのを感じて、彼は舌打ちして一度言葉を切った。

「つまり、襲われた方には何の責任もねぇってことだ。何にも落ち度が無くても、運が悪けりゃそういう目に遭うことだってある。ひでぇ話だがそれが現実だし、だから、どんな状況で襲われたにしろ悪いのは・・・」

興奮してまくし立てながら引き寄せようとしたが、荒く息をついている胸に静かに手を置かれて拒まれた。

「そうではありません。ちゃんと話します。最初から」

鈴を鳴らすような美しい声は、冷静で、甘さも動揺も全く無い。ぞっと寒気が走った。彼女は彼の手に手を添えてそっと自分からはずさせると姿勢を正して座り直し、深呼吸してから、真っ直ぐに彼の方に顔を向けた。

「私には・・・婚約者がいました」


 

 続き Fortsetzung

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