『お城』だ。

これまで城というものを見たことがあるわけでもないはずなのに、それはあひるの思い描く『お城』そのものだという気がした。晴れ渡った空の下、穏やかな湖面に重厚な姿を映し、古く、大きな城がひっそりと佇む。灰色の屋根といくつかの白い塔を持つ、灰褐色の石の城。装飾性が重視された新しい華やかな城とは違い、がっしりとした防壁に囲まれた質素で堅固な造りは、どちらかというと要塞とでも呼ぶべきなのかもしれない。にもかかわらず、まるでずっと長い歴史を見つめ続けてきた老いた白鳥のように、優雅で繊細な雰囲気がある。その足元に広がるのは、黒く深い緑の森に囲まれた、静かな碧い湖。

なんでだろう?胸が・・・ドキドキする?

湖を渡る風でさざ波が立ち、かすかに軋む木製の桟橋に寄せる。るうは慣れた様子でそこに立ち、丸木の杭に繋がれた小船のもやい綱をみゅうとが掴んで引き寄せるのを待ちながら、腕の中のあひるに話しかけた。

「正確に言うとここは離宮で、本当の王城は都に別にあるの。でもここは私達にとって特別で、重要な城なのよ」
「そう、だから、折に触れて訪ねることにしてるんだ。あまり長くはいられないけどね」

みゅうとがぐいと綱を巻き切り、ひらりと小船に飛び移った。まさに白鳥の王子様、といった風情のみゅうとにうっとりしているあひるを、みゅうとは腕を伸ばしてるうから受け取り、舳先の方に近い船底の、一段高くなった所に下ろしてくれた。

<そっかあ・・・じゃあ、ちょうど見つけてもらえて、あたし、運が良かったんだね!>
「・・・そうだね」

みゅうとが笑って答えながらるうに手を差し伸べる。るうは濡れた裾を少し絞って広げたあと、みゅうとの腕に向かって身を傾ける。みゅうとがまるでバレエのリフトのように優雅にるうを船の中に下ろすのを、あひるはうっとり見つめた。

(やっぱりお似合いだなぁ・・・)

るうが上手くバランスをとって艫寄りに腰を下ろすと、刺繍入りのスカートがふんわりと船底に広がり、花を積んだ小船のようになった。もやい綱を桟橋に投げて漕ぎ始めたみゅうとの動きは流れるようにきれいで、けれども力強く、舟は素晴らしいスピードでぐんぐんと進む。・・・なんだか、あひるが知っているみゅうととはちょっと違う気がして、意外だった。金冠町にいた頃のみゅうとは、かっこいいけれどもどこか繊細で壊れそうなとこがあった。でも今はなんていうか、逞しくて・・・本当に、国と民を守る凛々しい王子様―あ、今は王様か―っていう感じ。妙に感心しながら、物語の中のような景色をきょろきょろと眺め回しているうちに、あっという間にいかめしい城壁の足元の、小さな桟橋に着いた。誰かが野菜洗いでもして忘れていったのか、小さなたわしが一コ転がっている。

「この桟橋は城の裏口の一つで、僕とるうは時々こっそりここから抜け出して、この辺りを散歩してるんだ。公の用事で使う表門は、ちょうど反対側の辺りにあって、そちらは橋で対岸とつながってる。橋のたもと辺りから流れ出る川があって、川沿いに開けた土地にいくつか村があるんだ。この城でふだん必要な物は、ほとんどそこで調達できるよ」
<へぇー>

バタバタと羽ばたいて岸に飛び降り、再びみゅうとがるうに手を貸して小船から下ろすのを見守った。二人の後に付いてぴょこぴょこと歩きながら、あひるは分厚く高い城壁を見上げ、それから、古びてはいるけど頑丈そうな鉄の扉に目を留めた。みゅうとが扉を押し開け、閉まり切らないように挟んであった小さな石を外して脇に置く。それを見た瞬間、何かがあひるの頭をかすめたけれど、背後から甲高い声が飛んできて、すぐに忘れた。

「まぁ、まぁ、ジークフリード様、るう様。また、そんなところを出入りされて」
<・・・え・・・?!>
「やぁ、見つかっちゃったね」

みゅうともるうも普通にニコニコ笑ってる。でで、でもでも、声をかけてきた女の人は、裾の長いスカートにエプロンを着けて、いかにもお城で働いている人らしく見えるけど、けどなんでこんな所に、え・・・

「秘密の楽しみなのよ、ヨハンナ。城のみんなには内緒にしておいてね」
「そう、ゲッツに知られるとうるさいからなあ」
「とっくにバレてますよ、ジークフリード様、るう様」
<え、ええっ?!>

振り返って声の主―騎士の格好で、両手を腰に当て、恐ろしげな顔をしかめているせいで、いっそう怖そうに見える―を見たあひるは、すっかり頭がこんがらがった。ここはみゅうととるうちゃん達の世界で、だからここは金冠町じゃなくて、ここは・・・ここは一体どこ?

「なんだ、バレてたんだ」
「当たり前でしょう。俺は絶対にあなたから眼を離さないでお守りするって、あいつの魂に誓ったんですからね」

るうがいたずらっぽく口を尖らせた。

「まったく、ふぁきあが増殖したようなものよね」

その名前を聞いてなぜか心臓がドキっとした。さっきから二人とは何度もふぁきあの話はしてたけど、ここでその名前を聞くのはなんだか・・・妙な気がする。

「明日は都にお帰りになる予定なんですから・・・あれ、そいつ、どうしたんですか?」

恐い顔で何か言いかけていたその人―ここではみゅうとの近衛の騎士らしい―に、急にごつい指で指差され、るうの後ろに、半分スカートに隠れて立っていたあひるは、不意を突かれてちょっとまごついた。

「ぐ、ぐわ?」(あ、あたし?)
「まあ、もしかして、小屋から逃げ出してました?」

ああ・・・やっぱり、みゅうととるうちゃん以外には言葉は通じないんだ。

「いや、そうじゃないんだ、ヨハンナ。彼女は・・・このアヒルはお客人だよ。僕達の友達なんだ」
「ぐわ!」(そうなんです!)

ヨハンナとゲッツは不思議そうな顔をしていたけれど―そりゃそうだよね―それ以上は何も尋ねなかった。

「もてなしの用意を頼むよ。今夜は滞在するから、客間の一つを彼女用に整えてほしい」
「そうね・・・黄の間がいいと思うわ。私達の部屋にも近いし」
「うん、そうしよう。ゲッツ、君の奥方に言って、準備しておいてもらえるかな?」

ゲッツが強面をかあっと染めてうつむき、承知しましたというような事をもごもごと呟く。みゅうととるうは澄ました訳知り顔でうなずき、ヨハンナにも手を振ってから、裏口らしい質素な木の扉から城の建物の中に入っていった。

「彼は最近結婚したばかりなんだよ。奥方は、以前、僕がこの城にいた時から勤めてくれてる侍女だ」

さっきの二人に声が聞こえない所まで来ると、みゅうとが言った。ひと気の無い、抜け道のような狭い通路は、石積みの壁がむき出しでひんやりしていたけれど、ところどころの壁のくぼみにランプの火が灯されていて、みゅうともるうもためらうことなく歩いていた。

「むしろ、まだ結婚してなかったなんて驚きだわ。だって、ずっとお互いに好きだったんでしょう?・・・あの前から」
「そうだけど、ほら、二人ともオクテだから」
「みゅうとったら、そんな言葉どこで覚えたの?」

あまりに当たり前になごやかな会話なので、くちばしを挟むのがちょっとはばかられた。

<ええっと、あの・・・ちょっと訊きたいんだけど・・・>
「何、あひる?」

るうとみゅうとが同時に振り返り、あひるは口ごもった。

<あのさ・・・ここって、金冠町じゃないよね?>

二人は顔を見合わせ、みゅうとが答えた。

「うん」
<なのに、どうしてここに、その・・・つまり、さっき会った人達って・・・>

みゅうとがぽんと手のひらを叩き―そんなこともするようになったんだね―うなずいた。

「あ、そうか、まだ言ってなかったね」
「そういえば私も、ここに来た時、驚いたのよね」

るうがきれいな声で笑って、あひるの方に少し身をかがめた。

「まだ他にも、何人も知っている顔に会うわよ。びっくりしないでね」
<え、そ、そうなの?>
「うん。実はこの世界は金冠町とすごく似てるところがあってね。暮らしている人達も、全員ではないけれど何人かは同じように見えるんだ。彼らが別々の世界を生きている同じ人なのか、それとも本当によく似ているまったく別の人なのかは、僕にも分からないけれど」

みゅうとは更に少し進み、突き当りの扉の、円い真鍮の取っ手に手をかけた。

「でも、もしかしたらここと金冠町には何かつながりがあったからこそ、大鴉も僕も金冠町に行ったのかもしれない」

みゅうとがさっと扉を開け、一気に明るい光が流れ込んだ。あひるは眩しさにまばたきしながら、光の中に立つみゅうととるうを見た。

「ようこそ、あひる。もう一つの物語へ」
 
 
 
 
 

「起きろ、ふぁきあ」
「・・・お前か」

ふぁきあはいつもより強い重力を感じながらのろのろと身を起こし、手を横について上体を支えた。

「何の用だ。招待した覚えはないぞ、あおとあ」
「そんな強がりが言えるのなら、心配してやる必要はなさそうだな。では、どうして死体みたいに床に寝転がっていたのか、説明してもらおう」

腕組みをして立ったままふぁきあを見下ろしていたあおとあは、窓際まで続くインクの跡とその終点に鎮まっている羽根ペンにちらりと視線を走らせてから、ふぁきあを睨んだ。

「お前には関係ない」
「それは僕が判断することだ」

立ち上がろうとして再びぐらりとめまいがし、ふぁきあは眉をしかめて片手で額を押さえた。そばにあった椅子につかまってなんとか立ち上がり、テーブルに寄りかかるようにして立つ。あおとあは手助けするどころか、気遣う言葉一つかけるでなく、冷めた目でふぁきあの様子を観察していた。

「休みのたびに他人の家に押しかけてくる以外にすることはないのか?」
「僕が思うに、今のところ君達から目を離せる状況にはないね。ところであひる君はどうした?表にはいなかったし、君の周りで騒いでないところを見ると、どうやら家の中にもいないようだが」

いきなり核心を突かれて―あおとあにはそんなつもりはなかったかもしれないが―ふぁきあはぐっと言葉に詰まって目を逸らした。振り向いたテーブルの上には、途中で途切れた物語。

「・・・くそっ・・・」

ぐしゃ、と半分まで文字を書きかけていた紙を握りつぶした。右手の拳の中で鷲掴みになった紙がぶるぶると震える。怒りと・・・恐怖で。

どうする?どうすればいい?俺は・・・あいつを・・・

「ふぁきあ?僕は説明を待っているんだが。いったい、どうし・・・」

ふぁきあはあおとあを無視して部屋の中に視線をさまよわせた。ふと、窓の下に転がった羽根ペンに目が留まり、しばしじっと見つめた後、よろよろと近づいて拾い上げ、再び体をふらつかせながら、倒れた椅子のところまで戻った。木彫りの施された背をぎゅっと掴み、がた、と乱暴にテーブルの前に置き直して、どさりと座り込む。しわになった紙を手でこすって伸ばし―インクが手に付かなかったことから推測するに、あれから既にかなりの時間が経ってしまっているらしい―ペン先をインクに浸して瓶の縁で軽く水切りし、いつものように意識を集中させようとした。

「何か、物語を書くのに支障でもあったのか? あひる君を遠ざけなければならないようなことが?」

ふぁきあは無言で目の前の紙を見つめ続け、あおとあはむっとした。

「君があひる君を放っておくなんて、よほどの・・・」

急に息を呑んで言葉を切り、腕組みを解いて足早に近寄ってきた。

「まさか・・・?」

あおとあは変わり者だが、勘は悪くない。だからこそ始末に終えないのだが。

「そうだ」

ペンを握り締めたまま振り向きもせずぶっきらぼうに答えたふぁきあの向かい側に、あおとあが回り込み、テーブルに両手をついて身を乗り出した。

「なんでそんなことに?たしかにあひる君は現実の存在とは思えないところがあったが・・・」

肘をついて額を支えた左手の陰で、ふぁきあが苦笑するように奇妙に顔を歪めた。

「・・・たとえ物語が彼女を飲み込もうとしても、君の力で防ぐことはできたろう?」

返事が返ってくる様子が無かったので、あおとあは自分で勝手に推理した。

「そうか!またドロッセルマイヤーが君に物語を書かせたのか?だから敵わなかったのか?」

ふぁきあが小さな声で何か言ったが、あおとあには聞き取れなかった。人差し指で眼鏡を押し上げながらあおとあがぼやく。

「ドロッセルマイヤーが現れたのなら、どうして早く僕に教えてくれなかったんだ!いや待てよ、物語が終わったのにまた現れたんだとしたら、もしかしたらまだチャンスは有るかも・・・」

今度ははっきりと、短い言葉が返ってきた。

「俺だ」
「は?」
「俺が・・・あひるを物語に送り込んだ」
「何だって?!なぜだ?」

問われたところで答えられるはずもない。

「いい加減にしろ、あおとあ。お前には・・・」
「関係あるとも。君が書く物語は、すべての人の運命を変える力を持つ。図書の者達が自らの役割を忘れてしまった今、紡ぐ者とその物語を観察するという責務を担うことができるのは僕だけだ」

ペンを握る手にぎりぎりと力が籠もり、折ってしまいそうになって、危ういところでふぁきあは手を離した。紙の上にぽとりと落ちた羽根は、そこに留まり、青黒いシミを作った。

「それにしても意外だ。君はあれほどあのアヒルに固執していたのに・・・」

まるで獲物を見つけた猟犬のようだ。きちんと分けた真っ直ぐな前髪の下で、細い楕円縁眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせ、机の端を握り締めているあおとあを、ふぁきあは苦々しげに睨んだ。

「お前にはいちおう恩があるから、忠告しておいてやる。まともな人生を送りたいなら、これ以上、俺達につきまとうのはやめておけ。・・・と言っても聞かないんだろうな」
「当然だ。これは僕の義務だからな」

ふぁきあは溜息のように大きく息を吐き、組んだ両手の甲に額を乗せて黙り込んだ。あおとあは、珍しく、固唾を呑んで大人しく待っていた。やがてふぁきあが、途切れた原稿の上に顔を伏せたまま、独り言のように呟いた。

「俺は・・・そんなつもりじゃなかった。だが、たぶん、ずっと気になってたから・・・ずっと、あいつなら、と思ってて・・・それで無意識のうちに・・・」
「他人に説明する時は、相手に分かるように話せ、ふぁきあ。最初から」
「ああ。すまない」

反射的に謝ってしまってから―明らかにあひるの影響だ―そんな必要も無かったことに気づいて舌打ちした。ふぁきあは顔を上げ、あおとあの無遠慮な視線をまっすぐ見返した。

「覚悟はあるんだな」
「くどいぞ」

あおとあに話すのが果たして正しいかどうか、ふぁきあには判らなかった。だが話さなければいつまででもうろうろと嗅ぎ回るだろうし、もしかしたら―万が一にもだが―こいつが何か解決方法を知っているかもしれない。もしそうでなくとも、言葉に出して誰かに話すことで、混乱状態に陥ってしまった自分の頭の中を整理できれば・・・

「問題が起こってるのは、こっち・・・金冠町じゃない。みゅうと達の方だ」

かすかにあおとあが身を硬くしたような気もしたが、よく分からない。

「少し前からみゅうとの物語がおかしくなって、ずっと気に・・・」
「『おかしく』とは?何が起こったんだ?なぜ?」

急き込むようにあおとあに話を遮られ、ふぁきあは眉をひそめた。

「正確なところは俺にも分からない。だが・・・感覚的には・・・」
「『感覚的には』?」
「・・・物語が止まっているような気がする」
「『止まっている』?」

ふぁきあの言葉を鸚鵡返しにするばかりのあおとあに、苛立ちを籠めた視線を投げたが、当然その程度で引き下がる相手ではなかった。

「そうだ。実際に何が起こっているのか、何が原因なのか、そしてこれからどうなるのか・・・まったく見当もつかないが、みゅうととるうが問題に直面しているということだけは確かだ」
「なんてことだ!!」

急に大声を上げたあおとあの、机を掴んでいる手がこまかく震えているのに、ふぁきあは気づいた。が、なぜ、あおとあがそこまで興奮するのかは分からない。

「それで俺はずっと、あいつ・・・あひるなら、きっと・・・みゅうとを助けに行きたいと言うだろうと・・・」

思っていた。おそらくそうではないかと考えていた。いや、そうじゃない、むしろ・・・確信していた。だが、本当ならまずはあひるに話して、あひるの意思を確認するはずだった。それなのにいきなり、みゅうとの物語の中に送り込んでしまった―何の予備知識も、心の準備も無いまま。ふぁきあの勝手な思い込みだけで。

「くそっ」

ドロッセルマイヤーが言ったとおりだ。すべてはふぁきあ自身の怖れが引き起こしたこと。あひるの口から、『みゅうとの所へ行きたい』という言葉を聞きたくなかったばかりに。・・・あひるが離れて行く―そしてもう戻ってこないかもしれない―ということについて、あひると向き合って話すことを怖れたばかりに。

「俺はバカだ・・・」
「それは否定しないが、それで、これからどうするつもりなんだ?何か分かったのか?どうにかできそうなのか?」

俺が聞きてーよ・・・

ふぁきあは、せかせかと畳み掛けるあおとあを睨み、仏頂面でそっぽを向いた。

「それをお前が聞いてどうする」
「僕だって彼女のことが気がかりなんだ!」

バン、とあおとあが細い手でテーブルを叩き、テーブル上の幾枚もの白い紙が乱れた。ふぁきあにまじまじと見つめられ、あおとあは紅潮した頬をぴくりと痙攣させたものの、後へは引かなかった。先に目を逸らしたのはふぁきあだった。

「まだ、何も、分からない。だがお前も以前言ったとおり、俺はあひるの物語なら書けると思う。あひるがみゅうとのそばにいるなら、それはすなわち、みゅうとの物語だ。そして止まってしまった物語を動かすことができるのは・・・みゅうと達に未来を取り戻せるのは、あいつ以外にいない」

そう、それは間違いない。やり方に問題はあったが・・・結局はこうする他なかったんだ。みゅうとのために・・・あひるのために。

「だから送ったのか?君が?あひる君を?」
「だったらどうした」

あおとあは呆れた顔で何か言いかけたが、そのまま口を閉じ、そしてまた開いた。

「・・・いや。君達がそれでいいなら、僕が口を挟むことではない。ただし、どうなるのか、成り行きは監視させてもらうぞ、ふぁきあ」
「好きにしろ。ただし邪魔はするな。目障りになるようだったら叩き出す」

凄みを利かせ、険のある目つきで睨んだ―あひると出会った頃、これで震え上がらせたものだった―が、あおとあはただ肩をすくめただけだった。ふぁきあは再びペンを手に取り、あおとあの存在を意識から締め出して、物語の中断点に向き直った。自らの奥に在る《真実の沼》を覗き込み、心の目と耳を凝らす。そこと繋がっている<お話>の世界を―そこにいるはずのあひるを―感じ取るために。今、俺にできるのは・・・為すべきことは、それしかない。


 

 続き Fortsetzung

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