最後の宴



 
その勇猛さで名を馳せたジークフリード王も病には勝てず、体の不調を訴えてから数日とたたないうちにこの世を去った。一生を戦場で過ごした王としては、実にあっけない死であったが、当時としては充分に長生きであり、それも神に愛された王の偉大さ故かと思われた。そして数ヵ月後、新国王が即位した。長く隣国との戦争が続いているノルドでは、国王が死去した場合でも長い服喪期間を置かないことが慣例となっており、この時もそれに倣って、国王不在の期間はできるだけ短く抑えられた。

即位の式典で、新国王テルラムントは一つ異例の発言をした。

「・・・父上亡き今、ノルドの全ての臣下は私の臣下だ。過去に前国王とどのような関係であったにせよ、今後は私に忠実に従うように。・・・」

パルシファルを始めとして、多くの者は何の疑問も無くその言葉を受け入れた。ただ、勘のいいヴォルフラムら数人は、その言葉がある特定の人物に向けられたものだということに気がついていた。しかし当の本人は顔色一つ変えることはなく、王の意図に気づいているのかどうかも、傍からは分からなかった。

一連の祝賀の儀式は、国威を示すために盛大に執り行われた。城の中庭には、国中から献上された、その年、採れたばかりの収穫物が、山のように積まれていた。その中庭を見晴らす広間では、床から天井に至るまで無数の燭台に灯が点され、広い部屋を隈なく照らし出していた。リンデが城の舞踏会に出たのはその時が初めてだった。年齢から言えば前の年には正式に公の場に出るはずだったが、父親の病や兄の結婚やその他さまざまの事情でごたごたしていたせいで、先延ばしになっていた。リンデ本人があまりそういった場に興味がないという理由も大きかった。

新国王誕生を祝って国中の貴族が集まっており、リンデは特に目立つこともなく、着飾った大勢の婦人達に紛れていた。兄に伴われて新国王に挨拶もしたが、王はとりたてて興味を示さず、ただおざなりに頷いただけであった。王は五つ年下の美しいエリ−ザベトに執心と見えて、彼女をずっと傍に引き止めていた。王の周囲の者は、20歳を過ぎてもまだ妃のない王に早く王妃をと望んでおり、願わくばこの舞踏会でそろそろ決めて欲しいところだったが、この様子だとどうやらエリ−ザベトに落ち着きそうであった。

リンデはほとんどずっと兄嫁のエルザと一緒にいた。エルザはリンデより四つほど年上の、たおやかな大人の女性だった。彼女はいつも控えめで物静かではあるけれど、芯は強いということをリンデは知っていた。年下の夫にもひたすら従順に仕えているエルザだが、おっとりしてどこか危なっかしい兄を支えてくれているのは彼女の方だということもリンデには分かっていた。リンデはそんな彼女を好きで、兄とお似合いだと思っていた。

最近体調の優れないエルザを気遣いながら、次々と話し掛けてくる人々に愛想良く応対する一方で、リンデの視線はずっとある人を追いかけていた。

「彼と踊らないの?私に遠慮しなくてもいいのよ」

リンデを取り巻いていた人々の波が途切れ、二人になった時、エルザは尋ねた。リンデは笑って答えた。

「うん、でも、なんか忙しそうだから」
「そう?」

エルザはそれ以上追求しなかった。

(ほんとは、一緒に踊れるかなって、ちょっと期待してたんだけどな・・・)

そのために、かなり気合を入れて身支度も整えた。エルザにまで手伝ってもらってできるだけきれいに粧い、いつもはお下げにして垂らしている髪も、大人っぽく結い上げた。大勢の人々の前で自分の手を取っても恥ずかしくないと、彼に思ってもらえるように。そうして胸をときめかせながら宴に臨んだ。もっとも、いざこうやってきらきらしい人々に立ち混じると、やはりシンプル過ぎるような気がしていたが。それでも何人かの男性はリンデを賛美してくれたが、肝心の、一番見て欲しかった人は、仕事しか頭にないらしく、時折リンデの方に目を向けはするものの硬い表情のままで、玉座の傍を離れようとはしなかった。

(お仕事だから、しょうがないよね)

小さく溜息をついてあきらめた。期待していた分、がっかりはしたが、さほど落ち込んではいなかった。そうしてリンデは、友人達とお喋りしたり、時には誘われて踊りに加わったりして、それなりに楽しんだ。リンデが他の男性と踊っていても彼は黙って見ているだけで、物足りない気もしたが、不満とは思わなかった。彼の方が促されて他の女性と踊っていることもあったが、それで心を乱されるということもなかった。言葉にした事はなくても、お互いが相手のことを一番に想っているという事を、良く分かっていたからだった。


 

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