Glanz des Gold, Strahl des Silber 1



 

ちくしょう!なんて間抜けだ!

警察の対応は迅速だった。実のところ、彼らがこれほど素早く動けるとは知らなかった。彼の住んでいる辺りなら、来るのはせいぜい明日の朝か・・・まあそれでも早い方だろう。だがそのことについてとやかく言うつもりはない。泣きじゃくるレーネを抱きしめていた彼に、彼らがいきなり銃口を向けたことも、別に気にしてはいない。・・・もっとも、それに気づいたレーネが彼を振り切って銃口の前に立ちはだかった時は、心臓が止まるかと思ったが。ともかく、一番大切なのは、一刻も早く彼女の安全を確保することだ。だから、彼女の笛でやっと騒ぎに気づいて通報してくれた近所の住人にも、彼女を保護するために必要と思われることをした警察にも、感謝はしている。

が、明るい場所で彼女を見たザックスは、怒りに全身が焦げつく気がした。

くそ!もっとブチのめしてやるんだった!

いつも、つい触れたくなるような柔らかな薄紅色の艶めきをたたえていた頬は、見るも無残に腫れ上がり、赤黒く変色していた。吸い寄せられそうにすんなりとなめらかな白い咽喉には、痛々しい、赤い筋状の跡。彼らが彼女に手をかけたと思っただけで頭が沸騰しそうだったが、病院の廊下では暴れ出すこともできず―とっくに警察が連れて行った2人をもう一度殴り倒すことも、逃げたもう1人を追いかけて締め上げることもできず―わめきだしたい気持ちを辛うじて堪えて、おとなしく手術室に入った。派手に出血はしていたが弾はかすっただけだったので―彼女に当たらなくて本当に良かった―そんなに大げさにする必要は無いと彼は思ったのだが、麻酔をして傷口を調べる必要があると言われたのと、なにより、彼の血を見てパニックになってしまったらしいレーネを安心させるために、そこは素直に従うことにした。

麻酔が抜け始め、痛みが戻ってきたのを確認してから―縫合自体は全く痛みは無く、麻酔を打たれた時が一番痛かった―やっと解放されて部屋を出ると、蛍光灯の明かりがやけに白々とした廊下の平椅子でレーネが待っていた。近くに女の警官が1人立っている。今夜の緊急の患者は今のところ彼だけらしく、遠くを歩いている白衣の人間以外、他に人影は無い。レーネの左頬の白いガーゼと首に巻かれた包帯が目に入り、またぞろ憤懣がぶり返してきたが、ぱっと顔を上げて彼を見た彼女の目に一瞬安堵の光がまたたいたと思ったのもつかの間、すぐに長い睫毛を震わせて顔を伏せてしまったのを見て、彼はできる限り穏やかに、威圧感を感じさせないように注意して歩み寄った。

「レーネ」

びくっと肩を震わせてからおずおずと青白い顔を上げ、レーネは、あの吸い込まれそうな蒼の瞳を再び彼に向けた。彼女が何か言いたそうに見えたので彼は待ったが、わずかに開いた花びらのような唇がかすかに震えて、今にもあのぞくぞくする響きがこぼれるかと思われた瞬間、例の婦人警官が近づいてきて、そのまま警察に連れて来られた。

レーネと並んで座っている間、彼は表面的にはおおむね落ち着きを保っていた。が、警察の聴取作業を通じて事件を再認識するにつれ、いきどおりは抑え難くなるばかりだった。医者が提出した彼女の治療報告から、彼女が血を流す怪我をさせられていたことを知った時は、思わず椅子を蹴って立ち上がっていた。怒りで筋肉が膨らみ、体中の毛が逆立って、体が2倍くらいになった気がする。ぶるぶると震える握り拳に、そっと、すべらかな指先が触れ、やっとのことで気を取り直した。警戒するような警官の眼差しを受けつつ、ちゃちなパイプ椅子に座りなおしながら、心底悔やんだ。・・・なぜ、あんなに簡単に済ましてやったのか―どうしてヤツらが目の前にいた時に、もっと徹底的に、二度と立ち上がれないくらいこてんぱんに叩きのめしておかなかったのか!

本当は、もしこれが誘拐でなかったら―そしてもし実際に彼が撃たれていなかったら―彼の方が暴行の罪に問われていてもおかしくなかったのだが、そんなことはどうでも良かった。彼女に害をなそうとするヤツに容赦などするものか。まして現実に怪我をさせたとあっては・・・

「・・・ごめんなさい・・・」

消え入りそうな声がして隣を見下ろすと、長椅子に身をすくめるようにして腰掛けたレーネが、血の気の失せた顔でちらりと彼を見上げ、すぐに目を伏せた。係官による聴取の後、二人はなぜか応接室らしき別の一室に案内され、そのまま待たされていた。

「なんでお前が謝る?」

組んでいた腕をほどき、熊のようにむっつりと寄りかかっていた壁から離れて、レーネの座っている椅子の背に手を置く。硬いビニール張りの黒い長椅子は、背後の、味も素っ気もない白塗りの壁からも、えんじとも褐色とも言えない奇妙な色のタイルの床からも、見事なまでにちぐはぐに浮いて見えた。その椅子に、レーネから少し間隔を置いて、のっそりと座る。レーネが身を引くだろうかと思ったが、彼女はただ、膝の上で組んだほっそりした手を、関節が真っ白になるほど強く握り合わせ、深い色の瞳をいっそう暗く翳らせて、可憐な唇を噛んだ。

「私の・・・ごたごたに、巻き込んで・・・」
「気にするな。たいしたことじゃねぇ」

そもそも彼がきちんと最後まで彼女を送っていれば―彼女が何と言おうと、部屋に入るまでしっかり張り付いて見届けていれば―こんなことにはならなかったのだ。彼女に恐ろしい思いをさせることも、怪我をさせることもなかった。それに、元をただせば、帰りが遅くなったのだって彼のせいだ。それなのに彼は彼女を危険の中に、独り置き去りにした。結局彼は・・・彼女を守れなかった。

口先だけの役立たず!

耳の中に、まるで古い記憶のように、乾いた嘲りの声がこだまする。胸が掻きむしられるように苦しい。こんなはずじゃなかった・・・今度こそはと・・・

今度こそ?

「・・・でも、私がちゃんと話してれば・・・」

物思いを中断し、レーネに意識を戻したが、彼女が言わんとした―と思われる―ことが、さらに彼を苛立たせた。

「何を?」

何を話してれば俺がどうしたって言うんだ?

「ド・シニュノワール?」

怪我を負っていてもなお、つい見惚れてしまうほどに美しい顔がこわばった。凍りついた表情の中で、銀を散りばめた蒼い宝石のような瞳だけが動揺を映して揺らめく。

「お前が貴族のお姫様だってことか?」
「いいえ、先祖はそうかもしれないけど、私は違います。そうじゃなくて・・・」
「そういや、俺の故郷の山向こうに、シニュノワールって村がある。何か関係があるのか?」

あからさまに話を逸らされたにもかかわらず、レーネはまったく気分を害した様子は見せず、むしろ驚いたように少し目を見開いて興味を示した。

「国境の近くの?」
「ああ」
「先祖がそこの出身。私は行ったことないけど」
「そうか」
「ええ」

だが、これでこの話を終わらせたとザックスが思っていたなら、考えが甘かった。

「それで・・・あなたも聞いたことがあるんでしょ?・・・父の名を・・・」
「それがどうした」

レーネはぎゅっと唇を噛んでから、咽喉に何か詰まったような声でささやいた。

「私はその娘なの」
「そうらしいな。だが俺には関係ねぇ」

彼にとって彼女は彼女以外の何者でもなかった。ずっと探し求め続けてきた、彼のために―彼だけのために定められた女。生まれや育ちを聞いたからって、何が変わるわけでもねぇ。だが、なぜかレーネは銃弾に貫かれたようにぴくっと身を震わせたかと思うと、さらに肩を落として、小さく背中を丸めてしまった。

「そう・・・よね・・・」

その、今にも幻のようにかき消えてしまいそうな儚げな姿に、彼の内なる野生が雄叫びを上げる。本能のままに、華奢な体を強く胸に抱き締めたくてたまらない。けれども身の程を―それと場所柄を―わきまえてどうにか我慢し、どさりと長椅子の背にもたれかかった。ぎっと椅子が軋み、右腕からまた鋭い痛みが走って、思わずうめき声が漏れる。ぎゅっと、右肘の下を反対の手で握り、歯を食いしばって顔を上げ、心配そうな目を向けたレーネをじっと見返した。

「よく親が出してくれたな」


 

 続き Fortsetzung

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