Glanz des Gold, Strahl des Silber 2



 

以前と同じ言葉だったが、意味合いはずいぶん違っていた。

「ええ・・・」

さっと顔を逸らし、くぐもった声でレーネは答えた。彼に向けられたか細い背中―きれいな薄黄色のカーディガンに付いた泥汚れが、乾いて白っぽくなっている―が小さく震えた。

「結局、両親の言ったとおり・・・私が間違ってた・・・」

こんな目に遭って、レーネがそう思うのは当然だ。だが、もしレーネが来てくれなければ、ザックスには彼女を見つけられなかっただろう。それが分かっているがゆえに、彼は何も言えなかった。

「あなたをこんな目に遭わせてしまって・・・私の大切な・・・」

心臓が一回、どきりと跳ねた。息をつめ、言葉を探すように口ごもったレーネの次の言葉を待つ。

「・・・恩人を」

がっかりすべきじゃねぇ。分かってはいても、うんざりしたような溜息が漏れた。願わくばそんな他人行儀な言葉でなく、もう少し温かみのある言葉であって欲しかった。『友達』の方がまだマシだったろう。・・・あるいはもっと簡単な・・・『男』という一言であれば・・・

「お前が悪いんじゃねぇ。そんなふうに考えるな」

ちくしょう、こんなぶっきらぼうな言い方じゃ、俺の言いたいことは伝わらねぇだろ。

「でも・・・やっぱり、私は・・・ここに来るべきじゃありませんでした・・・」

くそっ、なんでそうなる?お前がここに来たのは、そういう運命だったのだと―俺と出逢うためだったのだと、どうして思えない?

「ごめんなさい・・・」

つまり、そんなことは論外だからだ。そんなこと、こいつはちらっとだって考えたことはないだろう。いや、だが・・・そもそもなぜ、彼女はここに来たんだ?危険を冒してまで、なぜ?

「なあ、お前・・・」

薄っぺらいドアの向こうで硬い靴音がして、ザックスは口をつぐんだ。すぐにドアが開き、仰々しい服装に偉そうな髭の年配の男性と、先程彼らをここに連れて来た若い警官が現れた。立ち上がろうとするレーネを丁重に制して、その偉そうな方の男性は―ザックスが予想したとおり―署長であると名乗り、さらに、レーネの国の領事が、彼女を保護するために迎えを寄越すと伝えた。

こんな夜中だってのに?こいつは、そんな大騒ぎになるほどのお姫サマなのか?

だが、ザックスが呆気にとられて言葉を失ったのとは対照的に、レーネはさっきまでしょんぼりと丸めていた背筋を、急にしゃんと伸ばした。

「私は領事館には参りません。自分の家に帰ります」

毅然としたレーネの姿は、まさに高貴な姫君だった。そして警官達は―当然だが―戸惑っていた。

「御自宅へ?この街の、ということですかな?」
「ええ」

渋面になって顎髭を撫でる署長を、ザックスは横目で眺めていた。

「お言葉ですが・・・」
「大丈夫です。家の中に入れば安全ですから」
「ですが領事はもう、そのおつもりで・・・」
「領事には私がよくよくお礼を申し上げていたとお伝え下さい。御好意は確かに受け取りました。父にも話しておきますと」

その、慇懃ながらもまったく反論を差し挟ませないきっぱりとした態度を見ながら、ザックスは、彼女がここに来ると決めた時の両親とのやり取りが目に浮かぶような気がした。彼女がいったんこうと決めたら、おそらく誰にもその決意を翻させることはできないのだろう・・・彼自身も含めて。案の定、署長は不承不承という様子でうなずいた。

「分かりました。それでは我々が御自宅までお送りします」
「ありがとう、でも、結構です」
「えっ?な、何ですと?」

少し署長が気の毒になってきたが、ザックスは黙っていた。

「自分で帰れますから」
「いや、しかし・・・」
「これ以上あの辺りを騒がせたくないんです。お願いします」
「そうはおっしゃられましても・・・」
「いいえ、私は・・・」
「俺が送っていく」

急に話に割り込んだ彼に、警官達はあからさまに胡散臭そうな視線を向けたが、じろりと睨み返してやった。レーネに、送って行っていいかどうかと尋ねたりもしなかった。

お前は俺のものだ。だから俺はお前を守る。お前がどう思おうと―ましてや他の人間がどう思おうと、関係ねぇ。

「いいの?」

レーネがそっと身を寄せ、彼だけに聞こえるような声で囁いた。温かな吐息が、無精髭の伸びた喉を撫で、ぞくりとする。

「ああ」

ちらっと見下ろした暗い蒼の瞳には、束の間、逡巡の色が渦巻いた後、意外にも、ほっとしたような明るい光が宿った。が、彼がそれを確認するために覗き込もうとした時には、レーネは警官達の方に振り返っていた。

「私は彼に送ってもらいたいと思います」

よし。

「彼は、私が一番、信頼している人ですから」

がん、と殴られたような衝撃を感じた。暗い場所からいきなり外に出たみたいに―例えば、藪に覆われた道から、突然、崖上のひらけた場所に出たみたいに―不意に目もくらむまばゆい光にさらされ、眩暈がした。と同時に、何か熱い塊が、腹の底からうねりながらせり上がってきた。

こいつは俺を『信頼』している。しかも、『一番』。

彼女がどういう意味で言ったにしろ―どんな特殊な状況で口にされたにしろ、その言葉は彼にとって、はかり知れない価値が有った。これまで彼女から受けた、あらゆるつれない扱いに対するわだかまりも、その一言で払拭された。理由を説明しろと言われても難しいが・・・彼女は、彼女にとって本当に大切なものを―そして彼にとってもかけがえのないものを―捧げてくれたのだと分かった。レーネに『あなたを信じる』と言われることは、『愛している』と言われるのと同じくらい―もしかしたらそれ以上に―重要なのだ。根拠の無い思い込みと言われようが、絶対に間違いない。

温かい悦びで胸がいっぱいに満たされる。出逢ってから本当に初めて、彼女の真実の気持ちがはっきりと見えた気がした。やっと心が通じたのだ。そして彼女は、彼女にとって彼が特別な存在だと認めてくれる、特別な一言をくれた・・・
天国の鍵を手にしたような気分だ。これしきのことでのぼせ上がるとは情けない男だと言われても仕方ないが、気持ちが高揚して、嬉しくてたまらない。

「レーネ」

若い警官から彼の素性の説明を受け、いっそう難しい顔になっている署長を無視して、いきなり勢いよく椅子から立ち上がった。不服顔で何か言いかけていた署長が、驚いて二、三歩後ずさる。ザックスは、彼らに構わず、夜明け前の空の瞳を見開いて彼を見上げるレーネに、武骨な手を差し出した。

「さあ。帰ろう」


 

 続き Fortsetzung

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