Glanz des Gold, Strahl des Silber 3



 

自分が、状況を利用している、ということは分かっていた。助けを必要としている人を見捨てられない、ザックスの責任感につけこんでいるのだということは。

それでも、自分の気持ちを抑えられない。この温もりから離れたくない。もう少しだけ、あと少しだけ、夢を見ていたい・・・

大通りで警察の車から降り、住宅街への緩やかな坂道を、ザックスの力強い体に守られるようにしてゆっくりと登っていく。登るにつれて絶望が膨らみ、罪の意識に追い討ちをかける。一緒にいられる残り少ない時間を台無しにするまいと―彼の傍にいられる時の温かな幸福感を精一杯胸に刻みつけておこうと思っているのに、地の涯から湧き上がってくる黒雲のように、絶望の暗い翳は見る見るうちに彼女の心を覆い尽くしてしまった。

こんなふうに終わってしまうなんて、思わなかった・・・

ハッピーエンドにならないことは分かっていた。でも、何か、彼の役に立ちたいと―役に立てると思っていた。それなのに結局、助けてもらってばかりで・・・あげく、大怪我をさせてしまった。生まれて初めての―そしてたぶんただ一つの恋が、こんな悲惨な終わり方をするなんて思ってもみなかった。たとえ結ばれることはなくても、彼と出逢えたことを後悔することはないと・・・ザックスの記憶にも私の心にも、いつか懐かしく愛おしむことができるような思い出を残して、ちゃんとさよならできると思っていたのに・・・唯一、彼を感じさせてくれる、記念の品を形見に・・・

文字通り、息が止まった。あまりにも唐突に立ち止まったせいで、彼女を守るように腕を回していたザックスが、つんのめって足を止めた。斜め上から、戸惑った声が降ってくる。

「どうした?」

息が詰まっていて、言葉が出てこない。顔から血の気が引き、蒼白になっているのが分かる。

「レーネ?」

体が勝手に震え始めた。

「おい!大丈夫か?!」

ザックスが慌てて彼女を抱えるように引き寄せた。警察が用意してくれたシャツはやはり彼には小さかったらしく―それともいつもの癖なのか―夜気の中でもはだけたままの胸元からは、男らしい熱が放散されている。けれどその温かい胸に抱かれても、寒気は止まらなかった。

「な・・・い・・・」
「え?」
「・・・く・・・つ・・・」

分厚い胸に顔が押しつけられているせいで声がくぐもっていたけれど、ザックスには聞き取れたらしい。さっと彼女の足元を見た。

「さっき警察で替えてきたヤツか?片方ヒールが折れちまって」

しっかりと抱えなおすように太い腕をずらしながら、苦い口調で続ける。

「・・・あれはもうダメだ。他の部分も傷んでたからな、修理しても綺麗にはならねぇだろう」

怪我をした腕にこれ以上負担をかけまいと、その心地良い安息地からもがいて逃れようとしたが、うまくいかなかった。

「もしかしてお気に入りだったのか?・・・もし、どうしてもああいうのがいいなら、俺が似たようなのを作って・・・」

やめて。これ以上耐えられない。わずかに頭を横に振り、喉から声を絞り出した。

「そうじゃなくて・・・ザックスの・・・作ってもらった・・・私の・・・」

ザックスはしばし沈黙したが、すぐに気づいたようだった。

「ああ。あれか」

どうして、ほっとしたような声を出すの?

「私・・・あれが・・・」
「どこかで落としたのか?・・・あん時、見当たらなかったから、ヤツらの車の中かな・・・」

間違いなくそうだ。つまり、逃走した犯人の1人と一緒に、消えてしまった。もう二度と、見つけることはできないかもしれない・・・

「心配すんな。じき見つかるさ」

気軽な慰めの言葉に、泣きたくなる。ザックスにとってはこれまでたくさん作ったうちの一足かもしれないけど、私にとっては・・・

「俺を信用しろ。たぶん車はすぐ見つかる。靴もな。逃げたもう1人も、捕まるのは時間の問題だろう。捕まった2人は口が堅そうには見えなかったし」

どういう理屈なのかレーネにはよく分からなかったけれども、いくら嘆いてもどうしようもない、ということは分かっていた。私にできることは何も無い。結局、全て、消えてしまった・・・

「万一、見つからなかったら、俺がまた作ってやる」

え?

「いえ、そんなこと、これ以上は・・・」
「うん、そうしよう。だからあの靴のことは気にするな。いいな?もう大丈夫か?」

口をつぐみ、うなずく以外なかった。再び彼女の肩を抱く頑丈な腕に守られて、のろのろと石畳を歩き出す。夢物語の『お終い』は、もうすぐそこだった。


 

 続き Fortsetzung

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