Glanz des Gold, Strahl des Silber 10
ああ・・・やっぱり、バレちゃった。体が裂けそうな痛みを堪えて顔を起こし、軽く唇を噛んだ。唇は彼のキスの味がして、苦痛によって一時追いやられていた興奮が少し舞い戻ってきた。背筋をぞくぞくさせながら見上げると、彼は、失言を悔やむかのようにいくつか罰当たりな言葉を吐いた後、真剣な眼差しで彼女を見据えた。
「・・・レーネ?」
もしかしたら気づかれずに済むかもしれないと思ってたんだけど。今までのところ私の反応は、全く経験が無いとは自分でも信じられないくらい、恥じらいのかけらも無くて、むしろ娼婦のようにあけすけで奔放だった・・・と思う。ソファから半分ずり落ちながら、自ら脚を開き、あられもない姿を晒して、ためらいもなく彼の愛撫に応えてた・・・まるで、これまでもずっと、そうしてきたかのように・・・それに彼も私と同じくらい、興奮して夢中になってたような気がしてたし・・・
でも、そうでもなかったらしい。今のザックスの様子はしごく冷静に見える。その言葉は一応質問の形を取ってはいたけれど、自分の発言に疑問を抱いていないことは、彼の苦々しい表情を見れば一目瞭然だった。毛むくじゃらの太い腕に指を滑らせ、下から押し込まれてるせいで息が詰まっているように感じる咽喉から、弱々しい声を絞り出した。
「ザックス・・・やめないで、お願い」
やめねぇよ、と言ってくれるのを期待していた。けれどもザックスは、歯を食いしばるように口元を曲げたまま、不機嫌な熊みたいな唸り声を発しただけだった。どうにか先を続けようとそろそろと動きかけた途端、強靭な両手でがっちりと腰を押さえられた。
「よせ」
彼の体は、中途半端な位置でピタリと止まったまま固まり、彼女の腰を掴んだ手だけがぶるぶると震えている。まるで・・・まるで今にも突き進みそうになるのを、ギリギリで堪えているかのように?
「あの・・・」
「何で言わなかった?」低くドスの効いた険しい声。レーネは身をすくめ、蚊の鳴くような声で答えた。
「言おうとしたんだけど・・・」
でも、ザックスは私の話が耳に入ってないみたいだったし、私も、せっかくの雰囲気を壊したくなかったから・・・
「くそっ、そうだよな、誰とも付き合う気はなかった、って言ってたんだから、気づくべきだった」
「え、あの・・・」言おうとしたのはその時じゃなくて、もっと後・・・
「お前、歳は?」
「と、歳?」
「ああ。まさか未成年じゃねぇだろうな?」なぜそれが問題なのか、そしてなぜ『まさか』なのか、彼女にはよく分からなかった。彼はどうやら『結婚』にこだわってるらしいけど、だとしても・・・しばしためらった後、正直に答えた。
「20歳・・・よ。来週」
「そうか、そんなら、まあ・・・ら、来週?!」いきなりザックスが彼女の中でぐい、と動き、レーネは思わず息を殺してあえいだ。
「わ、悪い!」
慌てて身を引きかけるザックスの腰に、反射的に脚を絡めて引き止めた。両脚の間に、痛みではない感覚が広がる。体の奥の疼きは、鋭く刺すようなものから、甘く陶酔的なものへと、再び変貌しつつあった。
「いいの、大丈夫・・・」
「大丈夫じゃねぇ。このままじゃ・・・」きしるような声で言いかけたザックスを急いで遮った。
「まだ20歳になってないからダメなの?それとも、もうじき20歳なのにまだ処女だなんて変?」
「そうじゃねぇ。歳は問題ねぇ。・・・問題なのは、来週ってことだ」話が逸れているような気はしたけれども、問いたださずにいられなかった。
「つまり?」
「つまり・・・出逢って初めてのおまえの誕生日なのに、何も用意してねぇだろ」あの靴が―ザックスが作ってくれたあの靴がそうだと、レーネは密かに思っていた。ザックスは知るはずもないことだけど、勝手に、そう想像して幸福に浸っていた。もっとも、結局あの靴も無くしてしまったけれど・・・
「別に、いいのに、そんなこと。それに、それとこれとは関係な・・・」
「よくねぇ。くそ、もっとちゃんと話をするべきだったんだ、俺達。そうすりゃ、あんな、身動きできねぇ状態にはまり込むことも・・・」しゃべりながらザックスが紅潮した頬をさらに赤くした。
うん、まあ、今、まさにそうなっちゃってるわけよね。「とにかく、一度抜い・・・出し・・・中止して、やり直さねぇと、このままじゃ・・・」
「私は大丈夫」
「俺が大丈夫じゃねぇ」じっと見上げると、ザックスは憮然とした表情で言った。
「俺は、その・・・処、処女とやったことがねぇんだ」
「・・・そうなの」それ以上のコメントは差し控えたが、彼は焦ったように一気にしゃべり始めた。
「お前が、その、け、経験が無いってことに最初っから気づくべきだったのは分かってる。つまり、その、始める前に。俺が悪いんだ。そんなことまで頭が回らなかったから。いや、そんなこと、じゃねぇな、重要なことだ。けど、そもそも俺はずっと、お前には決まった相手がいると思ってて、お前が未経験だ、って可能性を考えたこともなくって・・・いや、別に、いつもお前を見てそんなこと考えてたってわけじゃなく・・・まあ、たまには、その、考えないこともなかったかも・・・」
「考えたの?」ザックスの顔が茹でたように真っ赤になった。
「・・・考えたのね」
「か、考えたっていうか、その、ゆ、夢で・・・」
「夢?」ふと、いつか、ザックスと暮らしている夢を見たのを思い出した。まさか、ザックスも私の夢を見てくれてた・・・?
「夢で・・・見たの?何を?」
「そ、それは、その・・・お前と・・・」
「私と?」私の夢の中では、二人は夫婦で、笑ったり、喧嘩したりしながら、幸せに暮らしてた。そして最後はいつも・・・
ザックスがごくりと唾を呑み、いきなり喚き始めた。
「い、言っとくが、これは、健全なことだからな!男がそういう夢を見るのは当たり前のことなんだ!」
・・・どんな夢だったか、だいたい想像がついた。でも、自分も似たような夢を見ていた、ということは黙っていた。これ以上、話をややこしくすることもない。レーネはほうっと息を吐き出し、せいいっぱい妖艶な笑みを浮かべて囁きかけた。
「教えて、ザックス。私達は何をしたの? 」
「それは・・・」ザックスの声がかすれ、彼女に入り込んだ部分がさらに重量感を増した。熱を持って擦れ合っている箇所に力が入らないよう注意しながら、そっと分厚い胸板に手を伸ばし、渦巻く金色の毛を撫でる。
「私はどんなことをしたの?私が処女じゃないって、あなたが思うような、どんなことを?」
「つまりその・・・俺達は何度も・・・」密生した金色の毛に半分隠れた小さな褐色の円をなぞり、少しずつ範囲を狭めて、中央の粒を指先で押す。
「こんなことをした?」
「・・・ああ・・・」太い咽喉を鳴らして目を閉じ、ザックスが呻いた。
「勘弁してくれ・・・このままじゃ危険だ・・・」
「危険?」小さな豆粒を指先で弄びながら囁き返すと、ザックスは息を荒げ、欲望にぎらつく目を開いた。
「お前は・・・きつ過ぎる。ここで引かねぇと・・・」
「引く?」
「そう、すべきだ」頑強な手に力が籠もった。が、その手は彼女を押しのけることはなかった。
「俺は興奮しすぎてる。こうしてるだけでイっちまいそうなんだ。このままだと、俺は・・・自分を抑えられなくなる。そうなったら俺は・・・きっとお前を傷つけちまう・・・」
「私は大丈夫」
「お前は分かってねぇ。そんな簡単なことじゃねぇんだ」
「ダメ!」体を離そうとしたザックスにしがみつこうとしたせいで、彼がバランスを崩し、腰がぐっと沈み込んで、二人同時に呻き声を上げた。
「ああ、レーネ・・・こんな・・・」
「分かってる」