LUX ÆTERNA 1



 
鳥の声がする。

新しい始まりを告げる、力強く、喜ばしげな歌声。いつもの朝と同じ、聴き慣れた音の風景。・・・だが、いつもとはどこか少し違う・・・急き立てるような甲高い騒々しさがなく、何か1枚、ヴェールをかけたように、優しく、響いて・・・

ぼんやりと身じろぎし、腕に、いい匂いのする柔らかなものを抱いているのに気づいて、はっと目が覚めた。穏やかな表情を浮かべた小さく綺麗な顔が、瞼を閉じ、彼の脇に鼻を埋めている。くっきりと双眸を縁取る、整った長い睫を、これほど近くでじっくりと見たのは初めてだ。ふっくらしたキルシュの花色の唇はかすかに開いているようで、規則的な吐息が軽やかに彼の濃い胸毛をそよがせている。上側を向いている左の頬のアザは相変わらず痛々しいが、それよりも、その周りの肌が赤く擦れているのが気になった・・・間違いなく、昨夜、彼が髭で擦ってしまったものだろう。頬骨の上の辺りがほんのり薔薇色を帯びているのは、昨夜の狂乱の名残なのかもしれない・・・

多少気が咎めながらも満足感が込み上げるのをどうすることもできず、美しい顔から目を逸らした。体を動かすと背中がわずかにぴりぴりとし、とたんに昨夜の光景が頭の中にフラッシュバックする。愛撫に感じ、興奮しきった体が、腕の中で狂おしく身をくねらせ、しなやかな手足をきつく絡めてくる。陶酔に身悶えてしがみつき、震えながら彼の背中に小さな爪を立て、歓喜の声を上げて・・・

つい、唾を呑み、飢えたような目を隣に走らせる。透明な朝の光が象牙色の肌に柔らかく降り注ぎ、海の泡から生まれたばかりの女神を思わせる。艶やかな黒髪が乱れながら波打ち、広がっている。黒いシルクのリボンのように肌を飾るその髪以外、一糸纏わぬすらりとした体は、ぴったりと彼の分厚い体に寄り添い、何の不安も無さげに力を抜いて安らいでいる。その体がどんなふうに躍動し、悦びに震えるのか―その肌がどんなふうに彼に馴染み、溶け合うのか、今はもう、全て知っている。しなやかな弾力を示す甘い体の隅々まで、余すところ無く、最奥に秘められた情熱の泉の熱さまで・・・

軽く曲げて右脚に乗せられた左脚を開き、その間にちらりと覗いている黒い翳りを剥き出したいのか、それとも形良く張った白く丸い尻を掴んで撫で回したいのか、自分でもよく分からなかった。滑らかな背筋の起伏を視線で撫で上げ、ふと、肩に近いうなじのところに明らかな刻印を認めて、既に昂ぶっていた股間が一気に硬さを増した。その印を付けた時の記憶が―首筋を思い切り吸い上げながら、激しく放出した時のことが、まざまざと脳裏に甦る。初めて男を経験した彼女の体をいたわり、最初に交わった後は、『繋がる』以外の方法で愛を交わしたのだが、そのどれもが、最初のと同じくらい、衝撃的で、感動的だった。彼女は体の上に白く濁った液をぶちまけられても嫌がらず、むしろ恍惚としてそれを指先にまぶし、肌に摺りつけ・・・

小さく咳き込み、火照った顔をそむける。気のせいか、どこからかラヴェンダーの香りがするように感じる。顔を上げて辺りを見回すと、レースのカーテンだけがひかれた、かなり大きめの窓―昨夜ベッドにもつれ込んだ時は、ちゃんとカーテンを下ろすということになど思いも至らなかったので―が朝の光に輝いているのが目に入った。ガラスの向こう、絡み合う植物の茎のような独特の意匠の細い鉄製の手すりの手前で、煌く朝日を浴びて風に揺れるミント―たぶん―の鉢植えが見える。澄んだ陽光は広々とした窓越しに部屋いっぱいに射し込み、淡いラヴェンダーブルーの地に金色がかったオリーブグリーンの草花が散った、繊細な模様の壁紙を照らし出している。壁の上部は曲線的に傾いて湾曲した天井へと続き、なんとなく全体が優美な天蓋に覆われているようにも見えた。

装飾のような梁はさながら天蓋を支える柱で、それを伝うツル植物のようにデザインされた照明は、今は点いていないが、おそらく、その白い磨りガラスの花弁から、部屋のそこかしこに柔らかな光を落とすのだろう。部屋の中心に在る、鈍く光る真鍮のベッド―今、彼らが身を横たえている場所―を取り囲む、大きな箪笥や鏡台等の家具類は、全て赤みを帯びたローズウッドで作られており、高級さと由緒正しさの中にも、落ち着いた温もりを感じさせた。同素材の華奢な椅子と長椅子は、それ自体が芸術作品と言えるような凝った曲げ木作りで、やはり植物の模様が刺繍された紫がかったグレーのタフタ地が張られている。

何もかも上質で、優雅で、本物の美しさに満ちていて、彼女にふさわしい。・・・そう思った途端、胸に不安が兆した。この素晴らしい部屋は、現実には、彼にとって全くの別世界だ。もし、彼女が彼と結婚したなら―そう願っているという言葉では足りないくらい、心底から渇望しているが―自分の収入では、これほどの生活を続けさせてやることはできない。おそらく、この半分でも無理だろう。こいつはそのことに気づいてるだろうか?それでも俺を選んでくれるだろうか?だとしても、その結果、こいつを不幸にしてしまうんじゃねぇか?

息が詰まるように感じて落ち着きなく身じろいだ時、ベッドサイドのランプが目に入った。それは高さ20cmほどの小さなブロンズ製で、シンプルな曲げ首の先の一つ電球を包んでいるのは、蕾型をした青い色ガラス―ステンドグラスのようなはっきりした青ではなく、どことなく彼の故郷の山あいに咲く野の花を思い起こさせる、自然なグラデーションを帯びた、複雑で素朴な青―だった。別に、彼女にとっては、特に思い入れがある物ではないのかもしれない。だが彼女がそれを枕元に置いているということに、なぜか重要な意味がある気がしてならない。そのランプを見つめれば見つめるほどに、胸を掻きむしられるような切なさが強まる。何か大切な事を思い出せそうで・・・青い花の蕾に秘められた何かが、記憶の奥深くを刺激し、なぜか強い感謝の想いが湧き上がるようで・・・

再び吸い寄せられるように彼女に目を戻し、心惑わす幻想のような姿を確かめる。うかつに動くと消えてしまいそうな気がして、抱え直すことさえためらわれた。心地よさげに眠っている彼女の目を覚まさせないよう、ゆっくりと彼女の上に腕をかかげ、頬にかかったほつれ毛をそっとつまんでどける。確かに彼のものになった、かけがえのない、愛しい女。穏やかに上下する豊かな白い胸―そこにも一面に、薔薇の花びらのような痕跡が散っている―の下辺りで軽く握られた細い指に、銀の指輪が光っている。重厚な輝きを湛えた滑らかな表面に、独特な書体で刻まれた文字。磨り減って消えかかってはいたが、なぜかはっきりと読み取れた。

"LUX AETERNA LUCEAT EIS"(ルクス・エテルナ・ルシート・エイス)―永遠の光を、彼らの上に。

口に出したつもりは無かったが、胸毛を揺らす呼気が変化し、黒く長い睫が細かく震えた。白い瞼が揺らぎ、ゆっくりと半分だけ姿を現した蒼銀の瞳が、煌く朝の光を映して、眠そうに微笑む。

「・・・ラテン語も読めるの?」
「・・・いや、これだけはなんでか知って・・・」

答えかけ、途中で気づいて、聞き返した。

「ラテン語『も』?」
「前、休憩室で、私が忘れていった本を読んでたことがあったでしょ?」

そういえばそんなこともあったか。彼女が来る気配を感じて慌てて閉じたが、気づかれてたとは・・・

「悪い」
「いいの。勉強熱心なのね」

そういうわけではなく、ただ、彼女がどんなものを読んでるのか気になっただけなんだが・・・

「どこかで習ったの?」
「いや、独学だ。いつか仕事に役立つかもしれないと思ってな」
「ふうん・・・じゃあ、仕事熱心なのね」
「・・・それほどでも・・・」

そわそわと身じろぎ、痛み始めた右腕をかばうように体勢を変えた。

「ええと・・・そう、だから、かなりいい加減な知識しかねぇんだ。もし良かったらお前、俺に教えてくれねぇか?」
「ええ、喜んで」

やや声は掠れていたが、満ち足りた、幸福な響きが感じられた。まだ少し眠そうに何度か瞬きしつつ、彼女がふんわりと微笑む。その瞬間、強烈な光が心を刺し貫き、彼は衝動的に彼女の腰を掴むと、ごろりと仰向けに転がりながら強引に自分の上に引き上げ、いきなり挿入した。

「っ・・・!」

彼女が苦痛の呻きを上げ―快感で無いことは明らかだ―全身を引き攣らせた。慌てて抜こうとしたが、彼女はすらりとした両腿をぎゅっと締め、離されることを拒んだ。

「あ、レー・・・」

申し訳ないと思いつつ、引き止めるように締め付けられる快感で声が途切れた。だが、どうにかこうにか、寝たフリを決め込もうとする良心を―今さら遅いが―引っ張り起こした。

「・・・無理するな、俺が悪かっ・・・」
「黙って」

きっぱりと命じられ、反射的におとなしく引き下がった。それに、下手に動いて余計に痛い思いをさせたくはない。息を潜め、彼に馬乗りになっている彼女の様子をじっと見守る。すらりとした背筋をまっすぐに伸ばし、上品な顎をついと上げた姿は、まるで乗馬する貴婦人のようだ―目をつぶって優美な眉をひそめ、軽く唇を噛んでいて、そして素っ裸だということ以外は。

・・・いや、何かそんな話があったな・・・たしか、覗き見した男がいて、天罰で目が見えなくなったんじゃなかったか?

彼女以外のことを考えてあさましい欲望を追い払おうとしてみたが、しっかりと挿し入れた状態では無駄な努力だった。垂涎ものの見事な胸がゆっくり息づくたびに、彼を包む温かな襞が締まり、ねじ込んだ部分が圧迫されて刺激を生じる。無遠慮に腰を振らないようにするだけで精一杯だった。

・・・このままでもイっちまうかもしれねぇ・・・

ふいに彼女がきつく閉じていた瞼を開き、その瞳に彼を捉えた。底知れぬ湖の蒼が深みを増し、銀色の煌きが強くなる。そして彼女は、彼のものを体内に含んだまま、馴染ませるようにゆるやかに腰で円を描き始めた。

「あ・・・あ、レーネ・・・」

乾いた喘ぎ声が自分の口から漏れる。体が痺れ、呼吸が浅くなり、息苦しさを感じた。彼女の腰に置いた彼の手は、そのまま張り付いたように一緒に動いていて、引き止めようとする気配は微塵もない。彼女はゆるゆると体を動かしながら両手を自分の体に添って滑らせ、すらりとした腿からおなか、そして胸の脇へと、たおやかなラインを強調するようにゆっくりと撫で上げていく。

「・・・う・・・」

薄桃色に染まった指先が、彼の方へぐっと突き出された白い胸の裾野をなぞる。

「・・・動いてもいいか?」
「ダメ」

身悶えして吠えそうになるのをなんとかこらえた。だが彼女は容赦無く彼を挑発し続ける。じらすように両手でふんわりした乳房を覆い、指の間から、つんと立った乳首を覗かせる。たわわなふくらみは彼女のほっそりした手には収まりきらず、下半身の淫靡な動きに合わせてこぼれ落ちそうに揺れた。自分の上で踊られる妖艶なダンス。熱病にかかったように全身が火照り、眩暈がした。手が勝手にじりじりと動き出し、柔らかな尻のふくらみに指を広げる。結合した箇所の動きが次第になめらかになり、滴り落ちてくる湿り気で彼の股間が濡れ、彼女が潤ってきたのが分かった。

「ん・・・ん・・・」

鼻にかかった甘い声に、否応無く煽られる。官能の舞にいつしか上下動が加わり、きゅっと締まった尻が彼の上でリズミカルに跳ね始めた。しっとりと弾力のある鞘が、熱く腫れた彼のものを撫でさする。たまらず、降りてきた瞬間を捉え、指を喰い込ませて、腰を突き上げた。

「あっ、あぁ!」

あっという間に、二人共に狂おしい陶酔の渦に呑まれていた。互いが互いを所有し、捧げる、聖なる秘儀。灼熱の欲望にまみれ、魂だけが溶け出し、混ざり合い、一つのものになる。激しく優しい気持ちが真紅の光を放ち、切ない歓喜が溢れ出す。のけ反った咽喉の白さが目を刺し、乱れ広がる長い黒髪が、羽根のように肌をくすぐった。興奮で、全身を激しい血流が駆け巡り、頭の中で金属的な音が鳴り響く。朦朧とした意識に注意を喚起するように、遠くから、強く、硬く、断続的に・・・

違う、本当に何か鳴ってる。

「はっ・・・はっ・・・レ・・・レーネ・・・」

せわしい呼吸の合間に声を絞り出し、目の前で誘うように揺れる乳房に八割方―九割かもしれない―気を取られながらも、なんとか最後まで口にした。

「な・・・何か、鳴ってる・・・う、うぅ」
「あ、あぁ、ザッ・・・」

彼女はすすり泣くように喘いで左右に頭を振り、彼の言葉を理解したかどうかは分からなかった。無機質な音はだんだんと間隔を狭め、急き立てるように鳴り続けている。

「レー・・・ネ、何か・・・」

それ自体は決して耳障りな音ではないのだが、気短に繰り返される音の波は、切羽詰った感覚に追い討ちを掛ける。彼の周りで彼女が痙攣し始めた。周期的に強まる烈しい締め付けが、彼の芯を熱く絞り上げる。

「う・・・レ、レー・・・」
「ふっ・・・あ・・・ドアベル・・・んんっ」

彼女の答えは、耳では聞こえていたが、頭には入ってこなかった。いつの間にか外界からの雑音は二人を揺さぶる原始の波動に呑み込まれ、同化し、ねっとりと熱く息づく世界の濃密な鼓動となって、彼らを包んで脈打った。腹の下でうねりのたうつ快感が、小さく白い波頭を立てて崩れ始め、思考が急速に遠ざかっていく。

「あ、ああぁぁぁ・・・!!」
「あっ、く・・・っ!!!」

何の前触れもなくいきなり大波が砕け散り、彼は木っ端微塵になって大海のただなかに散らばった。長く高い尾を引く余波のまにまにたゆたいながら、ぜいぜいと息をつき、バラバラの藻屑となった破片を一つずつ拾い集める。どうにか声が出せるかという程度までかけらを繋ぎ合わせて、腹の上に向かって囁いた。

「・・・レー・・・ネ?」

彼の上に倒れ伏した華奢な体を支えるように、手に力を籠める。

「まだ・・・鳴ってる・・・ぞ」

ぐったりと垂れていた頭が、ようやくけだるげにもたげられた。

「・・・うん・・・」

一言呟いて、まだ薄紅色の恍惚を宿したままの美貌は、再びぱたりと彼の胸毛に埋まった。

「・・・出ねぇと・・・」

代わりに出てやりたいところだが、そうもいかない。彼女はうめくように溜息をつき、ずるずると彼から降りた。そのまま、何も身にまとわず、ふらふらと歩いていく。心配になり、彼ものそりと起き上がって後を追った。玄関からの呼び出し音は、今や、気が狂れたようにひっきりなしに鳴り続けている。彼女はのろのろと手を伸ばし、壁掛け式の受話器を取った。

「アロー?」
「レーネ?!」
「・・・ママ」


 

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