In die Heimat 5



 
レーネは当惑して、彼女の利かん気そうな小さな顔を見返した。

「だって、こんなむさ苦しい兄さんが、まさかこんなキレイな人を連れて来るなんて想像もできないじゃない?」
「まさに美女と野獣だね」
「うんうん」
「おい」

イゾルデは、しょうがないじゃない、というふうに肩をすくめ、小鹿のようにきらきらした栗色の瞳を再びレーネに向けた。

「あなたの服、ほんとに素敵ね。あっちではこういうのが流行ってるの?」

じっと吟味するように上から下まで見つめられて、レーネはそわそわと、間に合わせで選んできた服装を見下ろした。

「え・・・と、どうかしら。普通にしてきたつもりなんだけど・・・」

燃え立つような赤いショート・ヘア―金髪のエルザと双子ということは、この過激な色に染めているんだろう―を揺らして、イゾルデがうなずく。

「シンプルで機能的だけど、上品な女性らしさがあって、現代の若い女性にぴったりね。特にあなたは脚の形がきれいだから、よく似合ってる。その、クラシックなローズ色のスカーフも、あなたの黒絹の髪に映えて、印象的だわ」
「印象的と言うなら、髪より・・・」

ザックスが口をすべらせかけて危うく思いとどまったらしいのを目の端で睨み、頬を赤らめながら、イゾルデの独創的な装いを手で示した。

「あなたのワンピースも素敵よ。大胆な柄のはぎ合わせで、生き生きとした雰囲気で・・・裾の刺繍も見事ね。手刺しかしら?」

イゾルデの真剣な表情がぱっと輝いた。

「ありがとう。これ、私の最新作なの」
「えっ?!」

ザックスが溜息まじりに言った。

「イゾルデはデザイナー志望でな。この町の仕立て屋で働きながら、こんなものをあれこれ作ってる。服だけじゃなく、バッグとかアクセサリーとか・・・」
「ああ、そうなの」

正直言って舌を巻いた。もう一度彼女の服をつぶさに観察しながら心の中で考える。イゾルデには、たぶん、才能がある。ママに教えてあげればきっと喜ぶだろう。ママはいつも、自分のメゾンのスタッフとして、新しいユニークな才能を欲しがっているから。

「・・・素晴らしいわ。ザックスと同じで、創造的な才能があるのね」

イゾルデはにこりと笑い―笑うと鋭い印象が和らぎ、ほんとにエルザと瓜二つになる―ザックスは口の中で何かもごもご言いながら、レーネの肩を押して向きを変えた。

「それからこいつが弟のヘルマンだ」
「ああ!あなたが」

ヘルマンはレーネの反応にちょっととまどったようにザックスを見た。ダーヴィトの母親が言っていたとおり、ギリシャ彫刻かルネサンス絵画を髣髴とさせるような、端正な美男子だ。体格はしっかりしているし、顎の線にもなんとなくがっしりした造作を感じさせるものはあるけれど、まだ若いせいか全体にすらりとした雰囲気で、ザックスとは・・・少なくとも見た目の印象は、だいぶ違う。

「はじめまして。ダーヴィトがあなたのことをとても嬉しそうに話してたわ。ギムナジウムの生活はいかが?」

ヘルマンはさっと笑顔になり、レーネがあらためて差し出した手をがっしり掴んだ。この力強い手の感じは、ちょっとザックスと似てるかも。

「ダーヴィトには教えられることの方が多いよ。でも、寮長として、ダーヴィトが学校を楽しんでくれるようになったことは嬉しく思ってる。学校では色々あるけれども、やっぱり、どれも有意義な経験になるからね。僕は来年卒業しちゃうけど、それまで、学べる限りのことは学びたい」

卒業・・・じゃあ、大学進学についての予定も―まっすぐ進学するのか、いったん職に就くのかも含めて―そろそろ考えているはず・・・

尋ねていいものかどうかとレーネが迷ったのを察したように、ヘルマンは魅力的な笑顔を見せた。

「僕は医学部に行くつもりなんだ。難治性疾患の研究をしたいと思ってて。それにたぶん、奨学金も取れそうだし」
「おい、ほんとか?!」

初耳だという表情で割って入ったザックスに、ヘルマンは誇らしげに胸を張った。

「うん。この間、先生に言われたよ。今年もこれまでどおりの成績を修められれば、まず確実だって。そしたら大学に通う費用を貯めるために働く時間が節約できるし、兄さんにもこれ以上負担をかけなくて済む」

ヘルマンはとても嬉しそうだったが、ザックスは納得いかなそうだった。

「そんなことは別に気にしなくても・・・」

しかしレーネの眼差しに気づき、途中で言葉を飲み込んだ。

「・・・けど、まあ、なんだ、その・・・良かったな。さすがだ。俺もお前を誇らしく思うよ」

エルザとイゾルデが目くばせしあい、それを隠すようにクンツが前に出てザックスの背中をばんと叩いた。

「俺にも感謝しろよ。俺の薫陶があってこそだろ?」
「これっぽっちもお前のおかげじゃねぇ。いちいちしゃしゃり出るな」
「まったくお前は相変わらず素直じゃないなあ。弟とは大違いだ」
「うるせぇ、俺は・・・」
「皆、いつまでもそこに立っているつもりなの?とっくに食事の支度はできているのよ!」

厳しい叱責が飛んできた方にさっと目を向け、レーネはどきりとした。亜麻色の豊かな巻き毛をねじって留め上げ、上品な開襟ブラウスと海老茶のシンプルなスカートの上に刺繍入りのエプロンをつけた女性が、奥の部屋に続く狭い戸口の前に立ちはだかり、花柄の鍋つかみを持った手を腰に当てて、こちらを睨んでいた。

「ただいま・・・母さん」

ザックスは大股に女性に歩み寄り、太い両腕を回しながら少しかがんで、わずかに皺の見られる目じりの上辺りにキスした。女性はやや表情を緩め、大柄な息子の背をぎゅっと抱いて、髭の伸びかかったごつい両頬に軽く唇をつけた。

「遅かったじゃないの。2時間くらい前から、今か今かと待ち構えてたのよ」
「あー、うん・・・」
「私のせいなんです」

急いで近づきながら控えめな微笑を浮かべた。

「はじめまして。私・・・」
「あなたがレーネね」

壁のように大きな息子を押しやり、手を腰に当てて、女性は黄褐色の鋭い目で―まるで混虎目石のように、虹彩の縁に藍緑の筋が入っている―レーネの頭のてっぺんからブーツのつま先までを一瞥し、鷹揚にうなずいた。

「会えて嬉しいわ。ありがとう」

言うが早いか、ぱっと光が射したように笑顔になり、ぐいとレーネを抱き寄せた。

「えっ・・・」

意表を衝かれて戸惑いながら、おずおずと彼女の体に腕を回して抱き返す。ザックスの母親は、年相応にふくよかではあるものの、想像していたようながっしりした体格の人ではなく、むしろ小柄な女性だった。

「ええっと・・・私もお会いできて嬉しいです・・・あの・・・」
「ヒルデよ」

女性はそう言ってレーネの両頬に優しく、けれどしっかりと唇を押し付けた。まるで子供の頃、自分の母がしてくれたような、温かな愛情の籠もったキス。我が家に帰ってきたような安堵感に頭がぼうっとし、言おうとしていた言葉が霧散した。

「あの・・・私・・・」

気を揉みながら様子を窺っているようなザックスの表情がヒルデの肩越しに目に入り、レーネは軽く頭を振って気を取り直した。

「お礼を言わなければならないのは私の方です。あなたの息子さんには、本当に、言葉に尽くせないほどたくさん、助けていただいて・・・」

ヒルデが微笑みながら体を離し、レーネの背をぽんぽんと叩いた。

「さあ、食事にしましょう。お腹空いたでしょう?田舎の手料理ばかりだけど、腕によりをかけて作ったのよ」

レーネの手をがっちり掴んだままくるりときびすを返し、ぐいぐいと奥の部屋に引っ張って行く。やはりザックスの母親なんだと妙に納得した。


 

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