In die Heimat 6
「・・・で、それ以来、僕ら兄弟が貧乏だからってからかうヤツらは誰もいなくなったんだよね。ただし、兄貴とクンツは校長室行き」挽肉を詰めた袋状パスタをぱくりと食べて、ヘルマンは話を締めくくった。クンツが片手に持ったリキュールのグラス―と言ってもリキュール用ではなくジュース用の大きなグラスで、ザックスともども、強いリキュールをまるでジュースのように飲んでいる―を掲げた。
「そうそう。『二度と喧嘩しません』って百回書かされた上に、教会の神父様の手伝いを1週間させられた。まったく、喧嘩っ早い友人を持つと苦労するよ」
苦々しげに眉間に皺を寄せたザックス―彼はこの話を私に聞かせたくなかったらしく、途中何度も遮ろうとしていた―が、頬張っていたジャガイモの団子を飲み込んで、すかさず応酬した。
「俺は加勢してくれなんて頼んじゃいねぇ。お前が自分から、喜び勇んで参入してきたんだ」
「そりゃないだろ。俺は友情に殉じたのさ」クンツが両手を広げて大袈裟に嘆き、ザックスが鼻を鳴らした。レーネは密かに笑みをこぼした。この逞しくて頑固そうな二人組が相手では、喧嘩をした生徒はもちろん、先生や神父様も手を焼いたに違いない。エルザが穏やかに、しかしきっぱりとたしなめた。
「どっちが喧嘩好きかなんて議論しても意味無いでしょ。いつも、どっちが始めた喧嘩だろうと、必ず二人とも加わってたんだから」
「あー、はい、その通りです」クンツがしゅんと首をすくめて大きな体を縮こまらせ、皆が笑った。ザックスだけは笑顔を見せず、煮込んだ豚肉の最後の塊にナイフを突き刺した。
「そんなことより、お前ら、さ来週の日曜は予定を空けといてくれ」
あ、と思って、レーネはキャベツをすくったフォークを止めた。ザックスは平静な様子でもぐもぐと口を動かしている。イゾルデが首をかしげて兄を見た。
「さ来週?いいけど、どうして?」
「結婚式だ」レーネを除く全員がぎょっとした。
「結婚式?!もしかして兄貴の?!さ来週?!!」
「そうだ。古い方の教会で」おもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎになった。・・・まぁ、当然だけど。
「兄さんったら、またそんな・・・横暴な!いくら何でも急過ぎるわよ」
「そうよ、ヒドいじゃないの!わくわくしながらたっぷり時間をかけて準備する楽しみを花嫁から奪うなんて!」
「あーあ、また神父様を困らせたんだな、兄貴」
「まあ、焦る気持ちも分からないでもないが、もうちょっと、男としてゆとりを持つべきだよなあ」ザックスはぶすっとして、チーズソースをまぶした柔らかいショートパスタをフォークで掻き集め、口に放り込んだ。
「何で俺が決めたって決めつけるんだ」
そんなの分かりきってるじゃないと言わんばかりの視線を一斉に注がれ、ザックスは悪態をつきながら、ごつい片手を夕日色のつややかなトルテに伸ばした。
「くそ。本当は来週にして欲しかったのを、これでも譲歩したんだぞ」
ヒルデは、がつがつと口いっぱいにトルテを頬張る息子をちらりと見てから、隣のレーネに視線を滑らせた。
「あなたは?それでいいの?」
自信を持ってうなずくことができて嬉しかった。
「ええ。私もそうしたいです」
「でも、ウェディング・ドレスは?間に合うの?」心底、心配そうなイゾルデの口調に、思わず笑みが漏れそうになる。
「ええと・・・ええ、たぶん」
母の店には彼女のサイズに合わせた型があり、2週間前の急襲の直後に母は既に何枚かのドレスを作らせ始めていた。だからむしろ、体型が変わってしまう前に式を挙げてしまった方がいい。
「それにウェディング・シューズは、もう、作ってもらったし」
隣でザックスがトルテを咽喉に詰まらせてむせた。さっと手を伸ばし、大きな背中の真ん中をとんとんと叩きながら考える。結局あの後、逃げたもう1人もすぐに捕まり、落とした靴も―丁寧に包装してあったお陰で―無傷で戻ってきた。すべてザックスの言ったとおりだった。
まったく薄めていないリキュールでトルテを飲み下し、ふう、と一息ついたザックスに、疑わしげにエルザが訊ねた。
「兄さん、まさかとは思うけど、自分で作ったウェディング・シューズを差し出してレーネにプロポーズしたんじゃないでしょうね?」
「まさか、いくら兄さんでも、今どきそんなことしようなんて考えないでしょ?」そっくり同じ栗色の4つの目で凝視され、ザックスが頬骨の上を染めて居心地悪げに身じろぎするのを見て、レーネは、あら?と思った。ザックスは実際そういうことはしていないし―今思えば、それもロマンチックで良かったかも―あの靴を結婚式で履くことに決めたのは自分で、それも、つい先週のことだ。ザックスがしてくれたプロポーズは・・・そこで、はたと気がついた。そもそも二人が愛を確かめ合うことになったきっかけは、ザックスが、結婚―もしくは婚約―しなければ彼女とは寝ない、と言ったからだ。でもそんなこと―いくら内容的には立派なことでも―みんなに言えるはずもない。
「どうなの?」
問い詰めるイゾルデをなだめるように、ヘルマンが助け舟を出した。・・・少なくとも、本人はそのつもりだったのだろうと思う。
「そうだな、兄貴がどんなふうにプロポーズしたのか、聞いておきたいよ。後学のためにさ」
「教えろよザックス、いったい何て言ってこの美女にプロポーズしたんだ?」ザックスは、進退きわまったように歯を食いしばって顔を赤らめたまま、皆を睨み回している。見かねたレーネが、母が訪ねて来た朝のザックスの感動的な誓いのことを話そうとした時、ヒルダが椅子を引いて立ち上がった。
「コーヒーを持ってくるわ。手伝ってもらえる、レーネ?」
「あ、ええ、喜んで」すぐに立ち上がり、ヒルダの後について隣のキッチンに向った。結局ザックスが何と答えたのか、知ることはできなかった。