Am schönen Tage 4



 
「いてぇ!」
「何泣きごと言ってるの、これしきのことで」
「まあまあヒルデ、こいつの喧嘩の怪我を手当てしてやるのも今日が最後だから」

アザになり始めた肩に、おふくろが湿布を包帯でギッチリと固定する。クンツは窓枠に寄りかかってのんびりそれを眺めながら―ヤツはさっきちらっとだけ患部を見て、「俺の世話になるほどじゃないな」とのたまった―披露宴の会場からくすねてきたワインで咽喉を潤している。おふくろが、あきらめたような溜息をついて、首を振った。

「・・・そうね。最後の最後までこんなことをさせられるとは思わなかったけど」

包帯の端をきゅっと結び、おふくろは出来栄えに満足して、司祭館から借りた救急箱を片付け始めた。

「でも、乱闘沙汰にならなくて良かったわ。レーネに感謝しなくちゃ」

うめき声を上げて反論の意を示したが、無視された。だが、俺だってまさか年寄り相手に手を上げたりはしない。ただ、あいつを傷つけようとすることは許さない、と、はっきり、公に知らしめたかっただけだ。

「それだけで済むはずがないでしょう」

びっくりして見返すと、おふくろは立てた人差し指を俺に振ってみせた。

「あなたが考えてることくらい分かりますよ。でもね、あのままあなたが飛び出してたら、きっと他の人達も黙ってませんでしたよ」
「同感」

クンツがおふくろの方に向かってグラスを掲げやがった。

「・・・俺にも一杯よこせよ」

憮然として、クンツの方へ手を突き出したが、おふくろに軽く手の甲をはたかれた。痛めた肩にじんと響き、思わず眉をしかめる。

「あなたはまだよ。レーネだって飲んでないんだから、我慢しなさい」

扉が開き、シャルルが現れた。つい目をそらし、隣の椅子の背に掛けてあったシャツに手を伸ばす。恥ずかしくて、合わせる顔がねぇ。御大層な口を叩いておきながら、結局レーネを危険に晒すことになっちまった。みずから危険に飛び込もうとするあいつを引き止めることもできなかった。前身頃に折り襞の付いた立て襟の白シャツを羽織りながら、俺は痛烈な非難を浴びせられるのを覚悟した。シャルルはいつもの自信に満ちた物腰で悠然と入ってくると、窓際の小さな丸テーブルの上のボトルに目を留めた。

「アルザスのワインか。いいね」

ぱっとクンツの顔がほころぶ。

「どうぞ。エルザが選んだんですよ」

シャルルは遠慮なく自分で一杯注ぎ、香りを確かめた後、一口含んだ。

「ほう。これは・・・なかなかいけるな。華やかさと同時に、しっかりした重さもある。結婚式のセレモニーにはうってつけだね」
「でしょう?彼女は、高級ではなくても、良い物を見つけるのが得意なんです」

自分の手柄のように自慢げだ。気持ちは分からねぇでもねぇが・・・むかつく。シャルルがうなずいてもう一口飲んでから振り返り、鋭い視線を俺に据えた。俺は観念して来るべき言葉を待った。

「そろそろ披露宴を始められるかね、私の息子?」

何だって?

「客達が待ちかねているよ。今はヘルマンとクレールが相手しているがね。それにしてもヘルマンは頭がいい。クレールは無論こういうことには慣れてるが、彼も、そわそわする客達をうまくあしらっている」

おふくろが心なしか胸を張り、誇らしげに顔を輝かせるのを見て、味方がいなくなったことを悟った。シャルルの口から一向に俺を責める言葉が出てこないので、俺はほとんど自虐的な気分で、自分から切り出した。

「シャルル・・・さっきのことだが・・・」
「君は丈夫そうだから、あれくらいどうということは無かったろう?違うかね?」

シャルルは平然と―石がぶつかった箇所をワザと掴んだことなどなかったかのように―肩の包帯を眺め、俺の表情を読んで、ニヤリと笑った。

「もちろん、ワザとやったに決まっている。私は常に、最も効果的と思われる方法を採ることにしているんだよ。若い頃ならともかく、今はもう、君を抑えられるような腕力は無いからね」

俺をほめてるわけじゃねぇ、ってことは分かる。けど、問題はそこじゃねぇ。踏ん切りをつけるために、一度だけ咳払いした。

「さっきのは俺の失態だった。きっとあんたは俺に腹を立ててるだろうし、それももっともだと思う・・・」

ことり、と音を立ててシャルルはワイングラスを置いた。

「黙っておこうかと思ったが、それはフェアではないから、今、言っておこう。私は、娘が君を選んでくれて良かったと思うよ。君は、確かに、あの子を守れるだろう。なぜなら・・・」
「ザックス!!怪我したの?!今、エルザから聞いて・・・」

開いていた扉からレーネが飛び込んできた。今度は明るい薔薇色のドレスで、複雑に重なった袖とスカートの襞の濃淡が、開いたばかりの花のようにあでやかだ。丸みを帯びたV字の胸元からは、まぶしい白い肌がのぞき、つい目を惹きつけられる・・・ただし、上にはまるでアヒルの雛のような黄色いふわふわしたカーディガンを羽織っているし、髪もセットの途中で飛び出してきたみたいに中途半端に落ちている。

「ああ、ほんとに・・・」

他は何にも目に入らないように、一直線に駆け寄ってきたレーネは、息を切らせて俺の前にかがみ込むと、はだけたシャツの前を広げて、じっと見つめた。そんなふうにされると・・・

「私のせいね・・・ごめんなさい・・・」

みるみるうちに、俺の心を鷲掴みにする蒼の瞳が潤み、俺は焦った。欲情してる場合じゃねぇ。

「何言ってる?お前のせいなんかじゃねぇだろ。それに、ちょっとアザになっただけで、怪我ってほどのもんでもねぇし・・・」
「ううん。私のせい。あなたが、反対したのに、私が、不注意だったから・・・」

次第に切れ切れの涙声になる。思わず彼女の体を引き寄せ、膝の上に抱きかかえて、小さな美しい顔を俺の胸に押し付けた。ああ、いい匂いだ・・・

「お前のせいじゃねぇ。これは必要なことだったんだ。正しいことをしようって時には、こういうことだってあるんだから」
「でも・・・でも、いつも私は、守られてばかりで・・・あなたを守れなくて・・・私のせいであなたは・・・」
「大丈夫だ。こんなの怪我のうちに入らねぇ。ちっとも痛くなんかねぇし」

クンツがワインにむせて咳き込んだが、相手してはいられねぇ。

「それにお前はじゅうぶん、俺のお守りになってくれてる。お前がいなけりゃ、今日だって、もっと大ごとになってたかもしれねぇしな」

涙目で見上げるレーネに、おふくろの方を顎で示す。おふくろが力強くうなずくのを見て―そんなに思い切りうなずかなくても、と一瞬思ったが―レーネは納得したらしく、可愛らしく赤く染まった形の良い鼻をちょっとすすり上げ、長い睫をしばたたいて、俺の顔を真っ直ぐに見上げた。

「私・・・私、これから、もっと気をつけるから。今よりもっと気をつけて、慎重に行動するようにするから・・・あなたのために。約束する」
「ああ」

返事をしながらも、シャツの下に潜り込んだ優しい指先が包帯越しにそっと俺の肩を撫で、温かな吐息に胸毛がくすぐられるのに気をとられて、ほとんど上の空だった。潤んだ蒼銀の瞳と薄紅色に上気した頬で、きらめくような微笑みを浴びせられ、腹に一撃を受けたように身動きできなくなった。

「レーネ。これ以上お客様を待たせてはいけない。早く支度しなさい」

シャルルの声にレーネが驚き―そこに父親がいたことにも気づいてなかったようだ―慌てて俺の膝から降りて立ち上がった。

「はい。ごめんなさい、パパ。ごめんね、イゾルデ、エルザ」

レーネは、彼女の後を追ってきたらしいイゾルデとエルザに腕をとられてそのまま行きかけたが、ふと足を止めて小走りに戻ってきた。柔らかな手が、髭の伸び始めた頬に触れる。

「ザックス・・・ありがとう」

顔を傾け、唇の横に軽いキスだけをして再び離れたレーネを引き戻さないようにするには、かなりの意志の力が必要だった。たぶん、俺が未練がましく彼女の後姿を目で追ってるように見えたんだろう。シャルルが言った。

「君もまだ、少しばかり準備が必要なようだな」

きりりとした黒く濃い眉を片方上げて、シャルルは俺のズボンのふくらみを視線で示した。


 

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