始まる物語 〜L'Oiseau de feu : Final〜
 
その瞬間、一面に広がっていた赤い光が小さな粒となってはじけ散り、人々の目にはっきりと二人の―一人と一羽の―姿が映りました。二人の体は柔らかな白い光に包まれ、爪先から溶けるように白く輝く羽根に変わって、空に舞い上がり始めました。まるで二人の体を焼いた炎が天に立ち昇るように、あるいは光の雫が天に向かってさかしまに降り注ぐように、無数の白い羽根が上空に消えていくのを、人々はただ呆然と見つめていました。全てが空に吸い込まれ、何も見えなくなった時、人々は気づきました。その白い炎が、空を覆っていた黒い影をも燃やし尽くしてしまったことを。
 
 
 

「なんてことだ!せっかく大烏を呼び出したのに、生贄が消えてしまったせいで、姿を維持できなかったか。・・・まぁいい、物語は動き始めたのだから、またいつでも現れるさ。そう、心に闇を持つ者はいくらでもいるからね」

歯車に囲まれた闇の中で老人はうそぶきました。

「どうする王子、頼みの騎士は死に、心を託すはずのプリンセス・チュチュは消えてしまったよ。憎しみの連鎖は切れず、戦いは決して止むことはない。その絶望がさらに大烏を大きくする。お前にこの絶望が倒せるかね?」
 
 
 

王子は二人が最後に居た場所にゆっくりと歩み寄りました。石畳に滲みるほど流れていた血は跡すらもなく、そこにはただふぁきあの剣と、小さな輝く宝石だけが残されていました。二つの石が抱き合うような形のその宝石は、二人が流した血と涙の色を湛えていました。

「ふぁきあ・・・チュチュ・・・」

そっと片膝をつき、地面に手を置いて王子は顔を歪めました。

「大烏と戦うのは僕の運命だったのに・・・」

王子の心はこれまで感じたことのなかった悲嘆と後悔でいっぱいでした。

「僕は無力だ。僕は全てを兼ね備えた理想の王子のはずなのに・・・大切な友達を守れなかった。守るべき人の気持ちに気がついてあげられず、むざむざ二人を死なせてしまった」
「彼らは自分の運命を自分で選んだのですよ」

王子の後ろに立ったあおとあは、きっぱりと言い切りました。

「彼らは二人で一つのもの。お互いに、相手を失えば、もはや自分自身でいることができない存在だったんです。結果として救われたのは我々でしたが、彼らが本当に守りたかったのは、お互いだったんじゃないでしょうか」

王子は苦しげな表情であおとあを見上げ、それから再び二人が居た地面を顧みました。

「何故黙って・・・」
「二人ともあなたを好きで、あなたを守りたいと思っていましたから。・・・こんなことにならなければ、皆を欺き続けられたのかもしれませんが。彼ら自身も含めて」

あおとあは隠すことも婉曲な言い回しをすることもせず淡々と答え、王子はますます辛そうに目を伏せました。

王子の様子をじっと見ていたあおとあは、その感傷を断ち切るように、一転して険しい声になりました。

「しかし、大烏がこれで完全に消え去ったとは、僕には思えないのですが」

王子は厳しい表情で顔を上げ、真っ直ぐにあおとあを見返しました。

「僕もそう思うよ。僕は大烏と戦わなければならない・・・それが僕の運命だからではなく、皆を守りたいから。たとえ一人きりでも」
「一人では・・・」

言いかけて少しためらったあと、やはり思い直したのか、あおとあは先を続けました。

「一人ではないでしょう。我々がいます」

あおとあの後ろには騎士達だけでなく、ノルドに暮らす大勢の人々が集まり、王子を見つめていました。その中には泣き出しそうに震えているあんぬと、泣くのを我慢するように顔を顰めたまりいの姿も見えました。

「我々、皆が戦わなければならないんです。そして王子はそれを導かなくてはならない。そうではありませんか?」

王子ははっと目を見開いて、不安げに王子を見つめる人々の顔を見回しました。そして再びあおとあの顔に目を戻し、僅かに微笑みました。あおとあは少し顔を赤らめて目を逸らし、早口で言い足しました。

「それに彼らも永遠に去ってしまったわけではないような気がしますよ。どこにいても必ず王子を助けてくれるでしょう。それが彼らの願いでしたから」
「うん・・・そうだね」

王子は剣と宝石を抱いて立ち上がり、いつもの輝く笑顔を―むしろ以前より力強さを増した笑顔を、人々に向けました。いつの間にか元通りの佇まいを取り戻した町に、歓呼の声が響き渡りました。
 
 
 

けれど王子はその後、あおとあにこっそりと囁きました。

「僕には、誰かを特別に愛するという気持ちは無い。王子としてはそれでいいんだと思っていた・・・でも今は、僕にもそんな気持ちがあったらと思うよ。いつか僕も持てるのかな?一番に愛したい人への特別な気持ち・・・」
「王子・・・」

あおとあは一瞬驚きましたが、即座に答えました。

「分かりません」

率直過ぎる返事にがっかりした表情になりかけた王子を珍しいと思いながら、あおとあは一息おいて言葉を継ぎました。

「ただ、あの二人を見ていて分かったことが一つあります。運命も心までは操れない。王子の心は王子のものだということでしょう」

王子は澄んだ琥珀の瞳を嬉しそうに輝かせました。
 
 
 

「お話は再び始まったばかり。当てにしていた騎士と姫君を失って、王子には苦しい戦いの日々が待っている。その挙句に、心臓を失くして彷徨い続けるのさ。そしてその先は・・・どうなるのだろうね?分かっているのは、このお話が永遠に終わらない悲劇だってことだ。ハッハッハッハッ・・・」
 
 
 

Von hier anfangen.
 
 
 


 
楽曲紹介
後書き nachwort

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