田舎道 〜Cavalleria Rusticana : Intermezzo〜
 
ふぁきあの家を出発してから、二人は大きな街道を避けて遠回りをしながら都を目指していました。夏の名残でまだ寒くはなかったので、夜は野宿でしのぎました。ふぁきあは野営に慣れていましたし、『深窓の姫君』が少しでも快適に過ごせるよう、最大限に気を使ってはいましたが、それでも少なからず文句は言われるものと覚悟していました。けれどあひるは一向に不満そうな様子も見せず、ふぁきあは不思議に思って尋ねてみました。するとあひるは事も無げに言ったのでした。

「どうして?毎日ピクニックみたいで楽しいじゃない?」

ふぁきあはそれを聞いて安心したと言うより、こんな少女が王子妃になっていいのかと心配になりました。しかし、それはふぁきあが口出しできることではありませんでした。
 
 
 

その日は朝から強い風が吹き、灰色の雲が幾つも速く流れていました。気がかりそうに空を見上げるふぁきあにあひるは尋ねました。

「どうしたの?」
「嵐になりそうだ。今夜は泊めてくれるところを探そう」

小さな農家の庭先に人影を見つけた頃には、空は夕闇のように薄暗くなり、すぐにも雨が降りそうでした。二人は馬を下りて人影に近づきました。

「すみません、今夜一晩泊めて頂けないでしょうか?嵐が来そうなので困っているんです」

ふぁきあが声をかけると、勝気そうな瞳の黒髪の女性が顔を上げて二人を見ました。

「俺は王子付きの騎士で、ローエングリンといいます。こっちは俺の婚約者のあひる」
「こっ・・・?!」

(こここ、婚約者って、婚約者って、ええええぇっ?!)

「私はハンナよ。うちは狭いから納屋にしか泊めてあげられないけど、それでもいいかしら?」
「助かります。ありがとう」
「困っている人を助けるのは当たり前よ。ちょっとうちの旦那に話してくるわね」

ハンナが小屋に入っていったところでやっと自分を取り戻したあひるが、ふぁきあの袖をくいっと引っ張りました。

「ななななんであたしがふぁきあの婚約者なの?!」
「俺とお前じゃ兄妹には見えないだろ」

ふぁきあはあっさりと答えました。

「そ、それはそうだけど・・・」
「本当のことを言うわけにもいかないんだから、我慢しろ」

あひるがぐっ、と言葉に詰まっていると、小屋からハンナと鳶色の髪の男性が出てきて二人を呼びました。

「こちらが旦那様のヨハンよ」
「やあこんにちは。早くおいでよ」

馬を引いて近づきながらふぁきあが挨拶しました。

「お世話になります」
「いやいや、お城の騎士なら歓迎するよ。王子のおかげで平和が戻って、これからは心配なく暮らせる。少しずつ暮らしも良くなっていくだろうさ。平和が戻ったおかげで、今年の秋はあちこちで祭りができるらしい。これが普通の暮らしなんだよな」

陽気な口調で語るヨハンに、ふぁきあは王子の言葉を思い出していました。

『・・・国の発展というのは、本来そういうものなんだ・・・』

小さいけれどしっかりした造りの納屋の扉を開け、ヨハンが二人を招きました。

「さあ、どうぞ」

ハンナが後ろから声をかけました。

「あとで食事を用意するわね」
「ありがとうございます。御厚意に甘えさせていただきます」

ふぁきあは振り返って穏やかに微笑み、作法に則った丁寧なお辞儀をしました。

「じゃあ、ゆっくりしていってくれ」

そう言ってヨハンとハンナが行ってしまうと、あひるがふぁきあを見上げて言いました。

「なんだ、ふぁきあって普通に笑えるんだ」
「・・・どういう意味だ」
「だって初めて会った時は、すっごく不機嫌そうな顔して、眉間にしわ寄せて、全然笑わなかったじゃない?だから知らない人の前では笑わないのかと思ってたの」

それは王子の政略結婚とその相手を心良く思っていなかったから・・・とは言えず、ふぁきあは黙っていました。するとあひるは急に何かに思いあたったように、ぽんと掌を打ちました。

「あっ、そっか、ついこの間まで敵国だった所に来たんだもん、緊張してたんだね」

一人で納得してうんうんと頷いているあひるに構わず、ふぁきあはさっさと中に入っていきました。
 
 
 

嵐は明け方には治まり、その日は美しい青空が広がっていました。ヨハンとハンナに見送られて出発した二人は、明るい日差しの中、田舎道を進んでいました。ぬかるみを上手によけていくふぁきあの手綱捌きに感心しつつ、あひるは空を見上げました。

「こんなにいいお天気だとシディニアのこと、思い出すなぁ」

あひるは何気なく呟きました。

「ノルドに入ってからはちょっとお日様の光が弱くなったような気がしてたから。シディニアの太陽はいつもきらきらしてて眩しかったのに・・・」

ふぁきあに凝視されていることに気づいたあひるは、慌てて言い直しました。

「あっ、別にそれが嫌ってことじゃなくて、違うなぁって思っただけだから。ノルドもいい所だと思ってるよ、あたし」
「・・・分かってる。気にするな」

穏やかに答えたふぁきあに、あひるはほっとして微笑みました。そうして午後には小さな町にさしかかりました。町を通り抜ける途中、楽しげな音楽が聞こえてきて、小さな教会の前で人々が酒を飲んでふざけ合ったり、音楽に合わせて陽気に踊ったりしているのが見えました。

「お祭りかな」
「そうだな」

踊る人々をうらやましそうに見ているあひるに気づいて、ふぁきあが尋ねました。

「踊りたいのか?」
「でもあたし達、あんまり人目につかない方がいいんでしょ・・・それにあたし、踊るの好きだけど下手っぴだから、いいよ」

そう言いながらもあひるは心残りそうな様子でじっと見ていました。不意にふぁきあは馬を停めて飛び降り、あひるを抱き下ろしました。

「えっ、なに?」
「少し馬を休ませよう」

ふぁきあはそのまま馬を引いて教会の側面に近づき、低い木組みの柵に手早く手綱を結ぶと、左手を差し出しました。

「ほら」
「なに?」
「踊るんだろう?」
「いいの?!」

ぱっと顔を輝かせて見上げるあひるの右手を無言で掴み、ふぁきあはあひるを引き寄せるように踊り始めました。

「あっ、わわっ」

あひるの踊りは確かに上手くはありませんでしたが、ふぁきあの足を踏むほどでもなく、音楽に乗って山吹色のスカートを翻し、それは楽しそうに踊っていました。あひるの嬉しそうな様子を見て、ふぁきあは自分でも気づかぬうちに優しく微笑んでいました。二人の様子はまるで幸せそうな恋人同士に見え、酒と音楽で陽気になった町の人々は口々にひやかしました。

「若い子はいいねぇ」
「恋人かい?お似合いだね」

あひるが幸せそうな笑顔で答えました。

「婚約者なんです」

ふぁきあはぎゅっと心臓を掴まれたような気がしました。

(バカな、あひるは俺が言ったことを真似てるだけだ。なぜ俺は嬉しいなんて思ってるんだ・・・?)

「そろそろ行くぞ」

ふぁきあは赤くなった顔を隠すように背けてあひるの手を引き、そこから逃げ出しました。
 
 
 

歯車の軋む暗闇で、老人が嬉しそうに哂いました。

「これは面白い。予期せぬ悲劇が物語に華を添えてくれそうだ。こうでなくっちゃいけない」


 
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