王女たち 〜L'Oiseau de feu : Introduction - Ronde des princesses〜
 
昔、長く相争っている二つの国が在りました。余りに長く争っていたため、憎しみが鎖の様に繋がって、争いの始まりが何だったのか、もう誰にも分からないのでした。

ある時大きな戦があり、北の国ノルドが、病の王に代わって指揮を執った聡明な王子と勇敢な騎士達の活躍で、大勝利を収めました。南の国シディニアは、この戦闘で、王の弟を始めとして多くの兵を失い、戦争を続けることが難しくなりました。そこでシディニア王は、政略結婚によって一時的に和平を結ぶことを思いつきました。王は考えました。

(娘のクレールは14歳だから、王子とは似合いの年頃だ。だが再び戦になったら、送った花嫁は殺されてしまうに違いない。だからクレールをやるわけにはいかない)

王は非情な人でしたが、一人娘のクレールだけは愛していたのです。

(・・・そうだ、弟の娘のチュチュを送ろう。弟は死んでしまったから文句を言う者もおらぬ。クレールとは一つ違いだし、王の姪ならば身分に不足はあるまい)
 
 
 

闇の中で老人が一人、無数の歯車に囲まれ、安楽椅子に揺られていました。

「おやおやちょっと筋書きが違ってしまった・・・これだから現実ってヤツは・・・いやしかし、どうなるのか楽しみだ」

老人はぶつぶつと呟きました。
 
 
 

王の世継ぎの姫は闇のような漆黒の長い巻き毛と恵まれた容姿、落ち着いた物腰の、誰からも愛される美しい姫でした。そのいとこの姫は赤毛で痩せぎす、顔にはそばかすがあって美人とは言えませんでしたが、皆はその気さくで明るい姫にとても親しみを持っていました。

クレールとチュチュというその二人の姫は、共に幼い頃に母親を亡くし、一人っ子だったため、まるで姉妹のようにいつも一緒に過ごしてきた仲良しで、二人の間ではお互いを「るうちゃん」「あひる」と呼び合っていました。「るうちゃん」というのはクレールの愛称でしたが、チュチュが「あひる」と呼ばれるようになったのはある出来事がきっかけでした。
 
 

まだ小さかった頃のこと、午餐の材料にされる予定のアヒルを二人はこっそり逃がそうとしました。そこへ料理番のえびーたが来たので、二人は慌ててチュチュのスカートの下にアヒルを隠しました。ところが狭いところに入れられたアヒルが騒ぎ出したため、咄嗟にチュチュはアヒルの真似をし、クレールはチュチュのことを「あひる」と呼んでごまかそうとしたのでした。えびーたは小さなスカートの裾からはみ出している白い羽に気が付きましたが、二人の姫の様子が余りにも愛らしかったので、知らぬふりをして見逃しました。

その後、王に見付かって取り上げられてしまうまで、二人はアヒルを部屋に隠して飼い、人が来るたびに『あひるごっこ』をしていたので、いつしかクレールはチュチュのことを「あひる」と呼ぶようになったのでした。二人はこうしていつまでも一緒に、穏やかに幸せに暮らしていけると思っていました。
 
 

王は二人を呼び、悲しげな顔で告げました。

「二人も知っての通り、わが国は先の戦で将軍たるわが弟を失い、軍事に壊滅的な打撃を受けた。もはや戦う術もなく、このままではノルドに攻め滅ぼされてしまう。わが国を守る為には、ノルドと婚姻を結び、友好を示すより他ない。しかし、クレールはたった一人の世継ぎ、どうしたものか・・・」

王の苦渋の表情を見て、チュチュは言いました。

「私ではダメですか?」

チュチュは他人が悲しんだり苦しんだりするのを見過ごすことができなかったのです。

「あひ・・・チュチュったら!危ないわ」
「心配してくれてありがとう、でもあたしは大丈夫だから」
「だけどノルドに行ってしまったら、二度と帰って来られないかもしれないのよ」

るうは賢い娘だったので、これが人質であることを良く分かっていました。

「大丈夫、るうちゃん、あたしたちこんなに仲良しなんだもん、いつかきっとまた会えるよ。るうちゃんはこの国でしなきゃならない事があるんだから、これはあたしがやらなくちゃ。」

そのあひるの言葉にるうが答える前に、王は大急ぎで言いました。

「行ってくれるかチュチュ。これでこの国と国民は助かる。早速手筈を整えよう」

こうしてチュチュはノルドに送られることになりました。


 
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